毬さんちのオリキャラブログ「佑遊草子」の「想いと、戸惑いと」のコメントにて話があがっていた、佑介くんの弓道披露の話です。

つづきをよむからどうぞ。







世間は『成人の日』だという。
普段は着物を着ない女性も今日ばかりは慣れない振袖姿で街を行きかっている。
そんな冬の日。



「ここですか」
ちょっと街中の喧騒からはずれたところにあるこじんまりとした神社の裏手に併設されている弓道場。
「なつかしいわね。結婚してからはほとんど来る機会がなかったし」
その古くてどこか厳めしい建物を見上げながら、咲子はつぶやく。
そう、ここは咲子と絋次が中学から大学卒業まで通っていた弓道場なのだ。敷地内にある神社は、絋次が弓を射る神事を行った神社であった。
「大学出てから、まったく稽古に来ていないんですか?」
咲子の隣に立つ佑介が聞く。
「ええ、そうよ。卒業後すぐに結婚して芙美もあっという間に出来て。妊婦じゃ出来ないし、その後は子育てでぱたぱたしていたから」
さらりと咲子が答えると、佑介のそばにいる栞がくすくすと笑い出した。
「しーちゃん?」
「栞?」
いぶかしげに栞を見るふたり。そんなふたりに栞は。
「あ、ごめんね。・・・・・ふーちゃんが出来たって知った時のお父さんの落ち込みようを思い出しちゃったものだから」

先ほどの咲子の言葉にあるように、大学を卒業してわずか3ヶ月ほど経ただけで、咲子は大学以来の恋人の絋次と結婚した。
それから1ヶ月後には妊娠がわかったため、父の直哉は予想外にはやく嫁いでしまった娘への寂しさと、孫が出来たのは嬉しいがやはりそれもあまりにはやいタイミングだったので(結婚前からふたりがそういう仲だったということはわかっていたにせよ)、どうにも上手く心の整理が出来なかったらしいのだ。母親の真穂は「40代でおばあちゃんになるなんて、そうそうないわよね。嬉しいわ」とただ喜ぶだけだったが。
とはいえ、実際に孫が生まれてしまえば、生まれてきた孫の愛らしさもあってそんなものはすべて吹き飛んでしまっていた。

「じゃ、しーちゃんはお嫁に行ってもあんまりはやく子供を作らないことね」
と咲子は返す。
栞は意味がわからなかったようできょとんとしているが、佑介はさっと顔を赤くした。そんな佑介をちらっと見て。
「ま、それも佑介くん次第でしょうけど」
悪戯っ子のような笑みを浮かべて言う咲子。
「咲子さんっ」
「や、やだ、咲ちゃん」
栞にも咲子の言わんとしていることがわかったようで、真っ赤になった。佑介の顔の赤みも引いておらず、そんなふたりをかわいく思ってしまう咲子であった。

「・・・・・中に入らないのか?」
「あ、こーさん」
咲子が振り向くと絋次が呆れ顔で立っていた。
今日は休日なのだが、どうしても明日の朝一番で提出しなければいけない書類があり、しかもそれは持出し禁止の資料を使わないと出来ないものであったから絋次は仕事に出ていたのだ。絋次の職場からこの道場までは地下鉄で10分ほどの距離なので、現地集合ということにしていた。
「わたしたちも今さっき来たばかりだもの」
「のわりには、なんだか盛り上がっていたようだけどな」
「ま、ちょっといろいろね」
栞と佑介を横目で見ながら咲子は答える。
「今日は俺の上司、というか元師匠の我が侭につき合わせて申し訳ないな」
「いえ、そんな」
絋次は苦笑しつつ、佑介にむかってそう言う。
佑介は弓道の道具一式を抱えて今ここに来ていた。もちろん、弓道場に来たのだから弓を射るのは当たり前なのだが、佑介がそもそも絋次や咲子が習っていた弓道場に来ることになったのにはわけがあるのだ。
それは・・・・・。



夏休みの終わりごろまで時は遡る。
佑介が自らの先祖であり、今は神霊となって傍らについている安倍晴明の宿敵・芦屋道満との闘いによって、意識不明とまでなる大怪我を負い一ヶ月近い入院を余儀なくされた。
その入院中に、絋次が『営業』という仕事にかこつけて取引先に向かう合間に佑介のお見舞いに行っていたのだ。しかも、ほぼ毎日。
もちろん、会社には内緒であるし妻の咲子にも内緒にしていた。
初めはびっくりして戸惑っていた佑介だったが、三日目四日目と経つうちにうちとけてきて、仕舞いには「仕事の方、いいんですか;;」と心配までしてくれるようになったのだ。
兄弟のいない絋次にとって、いまや佑介は弟同様の存在だった。

絋次は上手く隠し、誰にも悟られていないと思っていたのだが、直属の上司の都竹にはしっかりと見抜かれていた。
ただ都竹もお見舞いだとは思っていなかったようで、その辺を“ぬらりひょん”な都竹にしっかりとカマをかけられて白状させられてしまった。

「で、誰のお見舞いに行っていたんですか」
残業中に、都竹は絋次を社内の休憩スペースに連れ出し、コーヒーを飲みながら話を切り出した。
「・・・・妻の、咲子の妹の恋人です」
「-----それって、思いっきり他人でしょう」
都竹はちょっと顔をしかめた。
・・・・・確かに『他人』ではある。
「咲子が幼い頃から自分の妹と一緒に面倒をみてきた、弟同様の少年なんです」
「ほお。咲子ちゃんが」
都竹は今でこそ絋次の上司だが(偶然、絋次が就職した会社に都竹がいたのだ)、もともとは弓道の師匠である。咲子も絋次と同じ道場に通っていたので、咲子にとっても都竹は師匠だ。
ゆえに、咲子のこともよく知っている。
愛情深く、この目の前に座る複雑な性格の男を大きく包み込んでいる咲子。そんな咲子が同じように愛情をそそいでいる少年。
そして『他人』であるのに、絋次がお見舞いに行きたくなるような少年だ。
俄然、都竹は興味を持った。
「・・・・・佑介くんにまで関心をむけないでくださいよ」
都竹の表情が変化したのを見て取り、絋次は釘をさすが。
「『ゆうすけ』、というんですか。いい名ですね」
「・・・・そんなことはどうでもいいです。とにかく今はリハビリ中で、剣道も弓道も出来なくて大変なんですから」
「・・・・弓道?」
都竹の反応に絋次はしまった、と思った。
「咲子ちゃんが幼い頃から面倒を見ていて、なおかつ剣道も弓道も習っている、『ゆうすけ』くんですか」
都竹は少し考え込んで。
「もしかしてその『ゆうすけ』くんは、どちらも人をたすけるという意味を持つ漢字を使っていますか?」
と尋ねた。
「確かそうだと・・・・・」
こうなると、もう素直に都竹に従うしかなかった。下手にごまかしても上手くいかないのは、これまでの経験からじゅうぶんにわかっていたから。
だから、手帳を取り出しペンで『佑介』と書いて都竹に見せた。
手帳に書かれた文字をまじまじと都竹は見ている。そして。
「『土御門佑介』くんでしょう?この少年は」
「!・・・・・なんで・・・」
「なんでわかったか、ですか?・・・・この『土御門佑介』くんは、去年の都大会で個人二位の成績を修めていてね。しかもそれが、弓道は高校から始めたばかりだというんですから。苗字がめづらしいのもあって特に印象に残っていたんですよ」
さらりと説明をする都竹。
都竹は六段で『教士』だ。都内で行われる大会で審判を務めることもあるし、道場で佑介と同じ高校生達も教えているのだから、情報が入ってもおかしくない立場にいるのだ。

「会いたいですね」
絋次をじっと見て言う都竹。
「・・・・・」
「ぜひ、個人二位の腕前を間近で拝見したいところです」
「だからまだリハビリ中で・・・・」
一応、かるい抵抗は試みてみるが・・・・・。
「急ぎませんよ、全然」
意に介せずだ。
「そういう問題じゃなくてですね」
なおも抵抗する絋次に。
「星野くんが悪いんですよ。インカレ制したら、さっさと弓を射るのをやめてしまって。私があんなに教えてあげたというのに、ひどい仕打ちだと思います」
それは、いいがかりのような。
都竹はなおも言い募る。
「まあ、私のお願いをきいてくれなくても、別に構いませんけどね。冬の賞与の査定が下がるだけですから」
「それとこれとは。・・・・・・・職権乱用ですよ」
「それが出来る立場に私はいますのでねえ」
にっこりと悪びれずに、それこそ悪魔のような微笑を都竹は絋次にむけたのだ。

都竹は今でこそ物腰柔らかでおっとりとしているが、若い頃は常にトップの成績を誇る営業マンだったと耳にしていた。絋次が通っていた弓道場でも『ぬらりひょん』などと言われている。
結局のところ絋次が都竹に逆らえる筈もなく、帰宅後あきらめて咲子に全てを話し(佑介のところにお見舞いに行っていたことについては、「仕方ないわね」とちょっと呆れられたりした)、咲子から佑介に伝えてもらったのだった。


このようないきさつがあって今に至るわけだった。
全員が揃ったので扉を開けて中へ入り、絋次は佑介に更衣室の場所を教え、自分達は先に道場へ行っているからと告げた。
「都竹さんはもう来ているの?」
咲子は隣を歩く絋次に尋ねる。
「ああ。多分道場で手薬煉引いて待っているんじゃないか。・・・・まったくなあ」
そこで溜息ひとつ。
そんな絋次を見て、咲子は何日か前に都竹から連絡をもらい頼まれたことをそっと思い出した。
(・・・・こーさん、怒るかしら)
そのような頼みごとをしてくる都竹の気持ちもわからなくはなかった。
都竹は絋次が習い始めた頃より目をかけ指導してきた。絋次はその期待に答え、インカレを制するまでの腕前となったが大学卒業を機にあまりにもあっさりと弓道をやめてしまったのだった。
都竹にとってはそのあっさりさが気に入らないのだ。
今回のことにしても、佑介の射姿を見て絋次がふたたび弓道への思いを取り戻してくれたら・・・・などと、少々佑介に対して失礼でしかも虫のいいことを思っていたりした。

「いらっしゃい。お待ちしてましたよ」
自然な動作で一礼しながら絋次や咲子は道場へ入り、栞もそれへ続く。射場には道着姿の都竹が静かに座って待っていた。
(弓も矢も持っていないのに、当たり前のように礼をして入ってくるのにねえ)
苦笑を禁じえない都竹。絋次のからだにはそれだけ弓道の動作が刻み込まれているのだと都竹は思う。
「こんにちは、都竹さん。ご無沙汰してました」
どことなく苦虫をかみつぶしたような絋次とは対照的に、咲子はにっこりと笑って挨拶をする。
「お久しぶりですね、咲子ちゃん。・・・・と、そちらは妹の栞ちゃんですね」
咲子の挨拶を受け、それから咲子の後ろに控える栞に視線を移した。
「はい。咲ちゃんの結婚式以来ですよね。お久しぶりです」
都竹は咲子たちの仲人も務め、式の前には何回か草壁家に訪れていたので、当然栞とは面識があった。
「あの時はまだまだ幼さの残るかわいらしいお嬢さんだったのに、すっかり綺麗になって。栞ちゃんの恋人も気を揉みますねえ」
「いえ、その、そんな・・・・」
なんと返事をしていいものか。
「しーちゃんをからかわないでくださいな。その恋人の佑介くんは今着替えてますから。・・・そろそろ来ると思いますけど」
まだ何か言ってからかいそうな都竹から助け舟を出そうと咲子が口を開くと、当の佑介が道着に着替え、弓と矢を持ち一礼して射場に入ってきたのだった。
(これはまた、『男前』な子ですねえ。瞳に力もある)
都竹は入ってきた佑介を上から下までざっと眺めた。
(姿勢もいいし、足捌きも無駄がない。・・・・これで、わずか2年あまりですか)
都竹の自分を眺める視線に気がつき、佑介は戸惑っていた。
しかもどこに座るべきか。
「初めまして、土御門佑介くん。私は都竹忍と言います」
戸惑う佑介ににっこりと笑いかけ、絋次の隣を指し示した。
そこに座れということかと困惑しつつも、都竹が指定した場所に座る佑介。
「土御門佑介です。初めまして」
座ってから弓と矢を置き、頭を下げ挨拶を返す。
「今日は私のお願いをきいてくれてどうもありがとう」
「いえ・・・・」
(この人が絋次さんや咲子さんの師匠の都竹さん・・・・。柔和な印象の人だな)
外見は確かにそうだ。だが、中身は「ぬらりひょん」と言われる都竹だ。一筋縄では行かない筈である。
「時間を無駄にするはもったいないですね。早速射てもらいましょうか」
にこりとまた佑介に笑いかける。
「はい」
そう言って佑介が弓と矢を持ち立ち上がりかけた時に。
「あ、でも土御門くんひとりだけというのも申し訳ないですね。・・・・そうだ。星野くんもせっかくですから、射ませんか」
佑介の隣に座っている絋次に視線を移して、さらりと都竹は言ってのけた。
2009.01.28
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