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ちょっとぎゅうぎゅう詰め込みすぎですが、なんとか終わりました(^^;)

毬さん、「射礼演武」についてのアドバイスありがとうですv
助かりました。
・・・・お気に召していただけるといいんですが;;

つづきをよむからどうぞ。



射場の空気がぴんと張り詰める。

絋次は本座に進み、跪坐の姿勢で揖をした。
それから脇正面に静かに向きを変えて、弓手(ゆんで)である左で持つ弓を妻手(めて)の右に持たせ、弓は立てたままの状態で、あいた左腕を袖の中に入れ合わせ目まで持っていき、ゆっくりと片袖を脱いでいった。脱いだその片袖は邪魔にならぬよう端を袴に差し入れた。
あらわれたのは程よく筋肉の付いた上腕部と厚くたくましい胸板。無駄で余分なものなど全くついていない。
それから的正面に向かい、弓を弓手に戻し執弓の姿勢を取ると、絋次はゆったりと立ち上がって射位に進み、その場で跪坐の姿勢になる。
開き足で回りふたたび脇正面を向き、甲矢(はや)を番えた。

誰も声を出すことが出来なかった。
絋次のこれまでの動作を見て、誰がブランクがあったと思うだろうか。まったく淀むことなく、止まることもなく、流れる川の水のように進んでいくのだ。
心地よい緊張感が道場の中を包む。

(これが、インカレを制した人の動きなんだ。・・・・俺がやったのとは全然くらべものにならない)
東都学院との交流試合のあと佑介は、段位は持っていないがエキシビジョンというような意味合いでこの射礼演武を東都側の代表の高野龍と行った。
もちろん、佑介にははじめてのことだったので稽古も積んだが、やはりどこか付け焼刃的な意味合いは否めなかったのだ。
その時は自分でもよくやれたと思ったものだが、今目の前行われている絋次の射礼を見てしまっては、それはかなりの思い上がりだと感じたのだった。

矢を番えると絋次は立ち上がり、凛とした眼差しで的に視線を向ける。そしてふーっと息を吐きながらしなやかに矢と弓を打ち上げて、弦を引き、矢を射った。
絋次の射は、緩急がほどよくついた冴えた射であった。若い者にありがちな「急く」というところがない。

(こーさん・・・・)
咲子は絋次を初めて見たあの時のように、絋次の弓を射る姿から目を離すことが出来なかった。
凛としたたたずまいはかわっていない。
でも、年齢を重ねた分、どこか凄みを増しているようにさえ感じていた。


「忘れてませんね。『雨露離(うろり)』の教え」
絋次の様子に、にっこりと都竹は笑う。
「なんですか?その『ウロリ』って」
あまり聞き覚えのない言葉が耳に入ったのでつい佑介は都竹に尋ねた。
「『雨露離』とは葉の先に溜まった雨の露がぽたっと滴るように自然な離れを出せという教えです。的に当てようなどと考えず、自身の気持ちを強くもって気力を充実させ矢を射よと」
「・・・・・」
絋次がここまでの腕をもったのがわかるような気がした。
本人の努力は当然なのだが、この都竹という人物は相手に求めるハードルがとても高いのだ。きっと、「こう」と決めた人物にはとことんまで教え込むのだろう。
そして、絋次はその期待に応えていたのだ。

(もったいない・・・・!)
絋次の射礼を見つめながら、佑介はそんな風に思う。
------何故絋次は弓道をやめてしまったのだろう。続けていれば、段位だって上がっていただろうし全日本も狙えた筈だ。
佑介は、絋次の弓道をもっと見てみたいと強く思ったのだった。



射礼演武の全てが終わり、絋次は控えの席に近くにやってきた。都竹の前に座り一礼する。
「ブランクを感じさせない立派な『射礼演武』でした。・・・・そうですよね?」
都竹は佑介や栞に同意を求めるかのように微笑みかけた。
「はい。もう、ただ見入ってしまって」
栞の頬は少し紅潮していた。一方佑介は先ほど自分が思ったことをそのまま絋次に言ってしまって良いものか考え込んでいた。
その様子を見て都竹は咲子に振るが、咲子は返事をしない。
「咲子?」
訝しげに絋次が咲子に近寄り声をかける。
「・・・・」
だが、無言だ。再度呼びかけると。
「あ、こーさん」
やっと返事をした。
目の前には心配そうな表情で自分を覗き込む絋次の顔。
「どうした。・・・・俺は、どこか間違えてたか」
「ううん、大丈夫。とても素敵だった。・・・・・でも、何だか、胸がいっぱいになっちゃって」
絋次の演武を見ているうちに、あの頃の、迷い込んだ神社で絋次を見た自分にすーっと戻っていってしまっていたのだ。

冴え冴えとした、立ち姿。
的を見つめる、力強い視線。
自分をとらえ、からめとった、あの時の絋次。

「あ、やだ・・・」
咲子の瞳に涙があふれた。
「わたし、おかしいわ。なんで涙なんか・・・・」
もうあの頃の自分ではないのに。
深川の祖母に従妹の美結羽と較べられ落ち込み、そして自分の剣道を見失っていた14の少女ではないのに。
「ばか、泣くな」
そう言うと絋次は咲子をひょいと抱き上げた。
「こーさん?!」
驚く咲子に、絋次は素早くキスをする。こんなふたりをもう何度も目の当たりにしているが、栞と佑介は真っ赤になっていた。
「こらこら。神聖な道場で何をしてるんですか」
都竹は苦笑するのみだ。
「・・・・妻を慰めているんですが」
対して、まったく悪びれない絋次。咲子は小声で「おろして」と言っているが意に介せず、さらにもっと咲子を抱きしめていた。
「そうですか。ま、いいですけど。・・・・・実は、今日は波瑠花さんも来てるんですよ?」
「え?!」
「あら」
咲子と絋次は同時に答える。
「・・・・・どうしてもふたりに会いたいってきかなくてねえ」
にんまりと都竹は笑う。
「なんでですか。・・・・・俺は会いたくないです」
絋次はあわてて咲子をおろした。すると。
「なんなの会おいやしたくへんって。失礼やわ。ふたりともいっこも会いにおこしやすくれやらんんやもん。こうやてせえへんと会えへんわ」
現れたのは、40半ばほどの咲子よりもさらに肌の色が白くて、一重瞼にふちどられた瞳がきらきらしく輝いている美しい女性だった。
「・・・・会わなくていいです」
花街に生まれ芸妓だった祖母に育てられたのもあって年上の女性の扱いには慣れている絋次だが、唯一苦手とする女性でもある。
「そないなことしゃべると、いろいろ咲子ちゃんにばらすわよ。ええの?」
「波瑠花さん・・・・。勘弁してください」

「絋次さんがタジタジだ」
「すごく美人なんだけど、あの通りだから」
栞は咲子の結婚式の時に会ってはいるが、自分はまだ幼かった(とはいっても中学一年生だったが)こともあって、波瑠花とさほど話はしていなかった。とはいえ、母の真穂や咲子と話しているのは横で聞いていたので、ぽんぽんと遠慮なしに繰り出される言葉には唖然としていた覚えはある。
ゆえに。とにかく佑介と栞は、ただただ波瑠花のいきおい(としゃべり)に圧倒されていた。
あの絋次がおたついているのもかなりの驚きなのだ。

波瑠花は絋次をへこますと、隣の咲子を見てにこりと笑う。
「咲子ちゃんは相変わらずべっぴんさんな。変わりまへん?」
「・・・変わりはないですけど、京美人の波瑠花さんにそう言われても・・・・」
波瑠花の艶やかな微笑みにはとても勝てないと思う。
「べっぴんさんをべっぴんさんと言うてなんが悪いの。・・・・・あら、ややわ。髪を切ってしもたん?もったへんわな。絋ちゃん、怒らおへんどした?」
「怒りませんよ」
「そうかて、咲子ちゃんの長い髪をとっても気に入っとったのよ。絋ちゃんは」
「え・・・?」
「高校生の頃よお話してくれたもん。咲子ちゃんの髪のこと」
「まさか・・・・・」
波瑠花にそう言われても咲子はとても信じられなかった。高校生の頃のふたりは、顔を合わせば憎まれ口をたたきあう、そんな間柄だったのだから。
「嘘ではおまへんわよ。『えらい綺麗で、思わずさわりたくなるんや』ってぼやいとったんさかいに」
咲子の顔が朱に染まった。
「ま、かわいおっせわね」
波瑠花はまたつややかに笑う。
「波瑠花さん、余計なこと言わないでくださいっ」
なんとか、絋次は口をはさむが。
「余計なことではおまへんでっしゃろ?咲子ちゃんのことずっと好きやったくせして、悶々と意地を張っとったのはどなたはんなん?」
「う」
絋次もまた赤くなって言葉に詰まってしまったのだった。・・・・・それは全て事実だったから。

波瑠花は絋次を存分にかわいがって(?)満足したのか、絋次たちの後ろにいた佑介と栞に視線を向けた。
向けられたふたりはどきりとする。
「咲子ちゃんの妹の栞ちゃんどすやろ?雰囲気のやらこうて、かわいおっせ娘はんにならはったこと」
「・・・・お久しぶりです」
おそるおそる挨拶をする栞。
「やあな。取って食べたりせえへんわよ」
「いえ、あの」
栞が返答に窮しているので。
「初めまして、土御門佑介です。この度は都竹さんに弓道のご指導をいただきました」
そう言ってぺこりと頭を下げる佑介だ。波瑠花はちょっと目を見開き、佑介を凝視した。
「あら、忍はんが気にかけとった子な。おとこし前で凛々しいこと」
「・・・・そんな気にかけていただくほどの腕じゃないですから」
絋次の射を見たあとでは、いかに自分の腕が未熟であるのかまざまざと感じてしまっていた。
「謙遜しなくてもええのよ。さいぜんうちも見とったさかい。じゅうぶん、忍はんの目にかいなっとったわ」
優しく微笑む波瑠花。
「波瑠花さんは五段の腕前で、全日本弓道大会の有段者の部で優勝もしている実力者ですよ。目は確かですから」
「忍はんは余計なこと言わなくてええの」
「ひどいですねえ」
「うちのことはどないやてええことでっしゃろ?」
なおも言い募ろうとする波瑠花の言葉を遮って。
「都竹さんも波瑠花さんも、必要以上に佑介くんに関心を向けないでください」
佑介までおもちゃ扱いされてはたまらないと思い、絋次が言う。
「絋次さん・・・・」
「黙ってるとどんどんエスカレートしていくからな、このふたりは。まともに聞かない方がいい」
「なんてこと言うんですか」
「そやわあ。随分ではおまへんの」
都竹と波瑠花はそれぞれ文句をつけるが。
「・・・・遊ぶのは俺だけでじゅうぶんでしょう。佑介くんを巻き込まないでほしいだけです」
絋次はさらに言う。
・・・・・自分が遊ばれている自覚はしっかりある。認めたくはないけれど。
とはいえ佑介をかばう絋次の目があまりにも真剣であるから。
「わかりましたよ。・・・・・波瑠花さん、咲子ちゃんと栞ちゃんにお土産があると言ってましたよね?それを渡したらどうですか」
と、都竹は折れた。度が過ぎると絋次は静かに怒り、都竹のいうことを一切きかなくなるのだ。(仕事は別)それは非常にいやなのである。
「忍はんがそない言わはるのなら」
波瑠花も素直に従ったのだった。

「悪かったな。わざわざ休みの日をつぶしてこんなところまでこさせた上に、あのふたりに遊ばれたんじゃ・・・・」
「いえ、そんなことはないですけど。・・・・あの」
自分の弓道を披露することは覚悟してきたから、それは一向に構わないのだが。
ただ今の佑介には、ブランクを感じさせない見事な「射礼演武」を行った絋次が、何故大学卒業を境にきっぱりと弓道をやめてしまったのか。それが気になって仕方ないのだ。
きっと弓を引くことはしていなくても、己を鍛えることはやめていない筈だ。そうじゃなかったらここまでのことは出来ないと思うから。
「なんだ?」
何かためらう佑介に、やさしく微笑む。
「あの、絋次さんは・・・・」
佑介は、そこで一度言葉を切る。そして。
「・・・・絋次さんは、何故弓道をやめたんですか?これほどの腕を持ちながら」
ついに、言った。
言われた絋次は、まさか佑介からそんな風に言われるとは露ほどにも思っていなったので、かなり面食らっていた。
「佑介くん・・・・・、あのな」
上手く言葉が出て来ない。
「絋次さんは弓道が好きじゃないんですか。ただ、神事のためだけにやっていたんですか」
真っ直ぐな瞳で自分を見る佑介。嘘やごまかしは通用しないだろう。
もちろん、ごまかすつもりなどまったくなかったが・・・・・。
「・・・・それは、違う。だが好きかと問われれば、そうだとは言えないと思う」
「どうして・・・・・」
好きでないのにどうして続けられたのだろうか。
少しでもそのような気持ちがなければつらいのではないだろうか。
「上手く言えないな。・・・・ただやめたのはタイトルを取ったから。それだけだ」
「インカレのタイトルを、ですか」
「ああ」
絋次のどこか寂しげな表情が、やめた理由はそれだけではないと語っているようだった。
なので佑介は。
「絋次さんなら全日本だって取れますよ、絶対。なんでもっと上を目指さないんですか」
自然とこんな言葉が出てきたのだ。
「買いかぶりすぎだよ。世の中には俺より上手いやつはごまんといる」
「そんなことは・・・・。とにかく俺は、絋次さんの弓道をもっと見てみたいんです」
絋次の瞳が見開いた。
「ゆう・・・すけ、くん・・・?」
「俺は、弓道は高校から始めた素人だけど、絋次さんの弓道はなにかが違うって感じたんです。だから」
絋次の困ったような表情を見て、佑介は口をつぐんだ。

いつもの佑介ならここまで食い下がったりしないだろう。自分は何をこんなにむきになっているのか。
-------そう、ただ歯がゆいのだ。じれったいのだ。
目の前でこちらが圧倒されるほどのものを見せられたのに、それを見せた本人はもうそれはやらないという。
ここまでのものがあるのに。

(あ・・・)

『そこまでの腕がありながら、もったいない。なぜもっと上を目指さないんだ?出来るはずだ』

剣道の師匠の真穂や区民大会前に特訓に来てくれた東山、そして咲子たちに常々言われた言葉を佑介は思い出した。

(こんな気持ちだったんだ。今俺が絋次さんに対して思う、このもどかしさ。歯がゆさ)

「・・・・ありがとう。そんなにも俺の弓道を買ってくれて」
「絋次さん・・・・」
「ただ、そこまで言ってもらっても、俺は弓道をまた始めるとは言えないんだ」
やはりどこかさびしげな笑みだった。
「でもな、今はすごく弓を射てみたいと思う。・・・・佑介と」
「!」
「ふたり、並んで。的に向かって」
自分の事は「名前で呼べ」と、そう言わなければ返事をしないとまで言い半ば強制的に佑介にそうさせた絋次であるのに、その佑介に『佑介』と言ってはみたものの、なにやらその行為をおそれているかのようだった。
言われた佑介は、とにかく驚いていただけなのだが。
でも。
「ええ。俺も絋次さんと一緒にやりたいです。さっきは出来なかったから」
そう言って笑顔を向けた。
その笑顔に絋次の顔もほころんだ。



「魅力的な子ですね。あの土御門くんという子は」
絋次と佑介から離れ、妻の波瑠花と一緒に咲子と栞の元へ来ていた都竹はそう言う。
「こーさんは佑介くんがかわいくて仕方ないんです」
咲子がにっこりと微笑む。
「それは咲子ちゃんもでしょう?」
「もちろん」
「忍はんかて、気に入ったさかいしょう」
波瑠花もまた笑顔で言う。
「ええ。先が楽しみな子です。私が直々に教えたいくらいですよ」
「都竹さんてば」
「きっと、もっと伸びます。・・・・おや?星野くんが射ますね」
「え?」
都竹に言われ、咲子は視線をめぐらす。
確かに絋次が、射位に立っていた。片袖を脱ぎ、矢を番え弓を構えていた。力強く、的に視線を向けて。
「あ、佑くんも」
そう、佑介とともに。
「どんな心境の変化なんでしょうね。射礼はあんなに渋々だったのに」
「・・・・佑介くんの力だわ。まわりを引き込む。こーさんもあらがえなかったのね」
都竹のつぶやきに、咲子はそっと答えた。

葉の先に溜まった雨の露が滴るように自然な離れを。

絋次は矢を放った。

2009.01.31
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