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今回のお話から、日夏里とつの字のふたりに少しずつ試練がおとずれます。
先にある未来は、私も予想をしていなかったことです。

・・・・・つづきをよむからどうぞ。



その日の空は、とても澄んでいて。高くて、青くて。
見上げてただ、「ごめん」と一言しか言葉が出なかった。



「つーさん、今日も遅刻かな」
始業間際の教室。どこか落ち着かずぱたぱたとしている。
クラスの大半の生徒は登校してきており、あとはいつも遅刻すれすれに駆け込んでくる山上美緒を残すくらいなものだった。
「・・・そうね。来ている時はたいがい一番だし」
隣の座席のこのみが日夏里のつぶやきに答える。
「うん。・・・・・・今週はまた、遅刻も休みもなかったのにな」
「そうね。元気そうだったわね」

(表面上はだったけど・・・・。空元気にしか見えなかったわ)
日夏里を落ち込ませたくなくて、このみは残りの言葉をぐっと飲み込んだ。

自分も誘われたけれど、断って行かなかったスケート。次子は滑らずにずっと写真を撮っていたと翌日日夏里から聞かされた。
「土御門さんみたいに、つーさんが転んじゃうとこも見たかったな」
ころころと笑いながら話していた日夏里。きっと内心の思いとは裏腹だったであったろう。
このみにですら、今の次子の状態を見ていれば、とてもスケートをするだけの体力などないことは一目瞭然だったからだ。
もともと食が細かった次子だが(朝食を食べてきていないことを日夏里がよく怒っていた)、夏休みが明け学園祭前辺りから、昼食ですらまともにとらなくなっていたのだ。そのことと比例するように、次子はやせていった。
遅刻や休みが多くなったのは、今年になってから。
次子はけしてそれがどうしてなのか語らないし、日夏里やこのみも問い詰めて聞こうとは思っていなかった。
---------それがどういうことになるか考えずに。


「まだ、樫野サン来てないよね?」
美緒が息を切らせながら教室に飛び込んできた。同時に始業のチャイムが鳴る。
「やまがみ~、またぎりぎりだよ?」
クラスの誰かが声をかける。
「あんたのうち、そんな遠くないくせにね」
別の誰かも、笑い混じりに言う。
美緒は江東区に住んでいて、学校へは日本橋で別の地下鉄の路線に乗り換えるが翠嵐のある渋谷までは30分もかからないのだ。
「・・・・・近いから、ついうちをゆっくり家を出ちゃうんだってば」
美緒は特定の誰かに返事をするわけでもなく、言い訳のようにつぶやきながら自分の座席に向かい、椅子を引いて座った。そして美緒が座ったのと同時に担任の樫野八重が入ってきた。
樫野八重は50代前半の国語が専門の教師だ。必要最低限のことしか話さない寡黙な女性であるが、丁寧で熱心な授業と生徒のどんな質問にもきちんと真剣に答えてくれることなどから、生徒達の信頼がとても厚い。
樫野が教壇に立つと週番が号令をかけて朝の挨拶をし、生徒達が着席したのを確認してからHRを始めるのが日課だ。

「・・・・・まだ来ていないのは?」
これもいつもの日課で、週番の生徒にまず尋ねる。
「晴田さんだけです」
「ああ。晴田さんね」
そう言って、樫野は連絡用の小黒板へ向かい、白チョークを掴んで無言でさらさらと何やら書き始めたのだった。


晴田 次子
赤坂総合病院・新館 507号室
面会時間:午後12時~20時



書き終えた樫野が教壇に再び戻ると、教室内がざわめきだした。
日夏里は書かれた文字をただただ呆然と見つめている。

(・・・・え・・・・?つーさん、うそ)
(昨日帰る時にはそんなこと一言も。・・・・どうして?なんで?)

ぐるぐると頭の中に疑問がわいてくる。

「日夏里」
「・・・・・」
「日夏里、大丈夫?」
「・・・・・」
青ざめた日夏里の表情を見て、このみは心配をにじませ声をかけるが、日夏里には届いていないようだった。

「・・・・・みなさん、静かになさい。晴田さんはそこに(と小黒板を指し示した)書いた通りです。・・・・お見舞いは大勢で押しかけず、2,3人で行くように」
淡々と樫野は告げる。
「晴田さんは入院したってことなんですか」
クラス委員のあきらが尋ねると。
「そうです。・・・・・今朝方倒れて、そのまま入院したと連絡を受けました」

がしゃん。

一斉に注がれる視線。
「あの、その、ごめん、なさい」
「・・・・気をつけて。はやく拾いなさい」
「はい・・・・」
言葉は淡々としていても、樫野の瞳にはいたわりの色が宿っていた。
仲のよいクラスメイトが突然入院したのだから、動揺しないわけがない。
「日夏里ちゃん、大丈夫?」
前に座る桃子がさっと振り返る。
「あ、うん。・・・・大丈夫。ありがと、桃ちゃん」
気丈に笑顔を見せる日夏里だが、手に力が上手く入らず落ちたものを拾うことが出来ない。
「わたしが拾うから」
このみがかがんでシャープペンなどを拾う。
「ごめん、このみ姫・・・・」
「“ありがとう”よ。・・・・・つーさんは大丈夫。放課後、お見舞いに行きましょうね」
「うん」

その後の6時間をどう過したのか、日夏里は記憶が定かじゃなかった。



(・・・・・ここは、いったい・・・・?)
ゆっくりと瞳を開いてみれば、視界に入ってきたのはどこまでも白い天井だった。
(家、じゃない)
左腕に引きつりを感じる。それに何か刺さっているような鈍い痛みも。
首を少し動かして左斜め上を見た。
(管。・・・・・と、いうことは点滴か、これは。とうとう、ここまできちゃったか)
あきらめのような溜息をつく。すると。
「姉さん、目が覚めたんだね」
「尋貴(ひろき)、どうして」
気配が伝わったのか、周囲にめぐらせてあるカーテンの向こうから弟の尋貴の声が聞こえてきた。
「どうしてじゃないよ。今朝、倒れたんじゃないか。もう大騒ぎだったんだからね」
カーテンを開けて顔を出した尋貴にどこかあきれたように言われ、次子は記憶の糸を手繰った。


今朝はいつも以上にからだがだるく、起き上がるのが苦痛であった。
今週は遅刻も欠席もなく学校へ行っていたが、今日はどうにも気力がわかない。
とりあえず、一度下に降りて母の織依(おりえ)と顔を合わせたらまた少し寝よう。昼前に登校できればいい。
そんな風に考えて、パジャマの上にカーディガンをはおり階段を降りた。

「・・・・母さん、尋貴、おはよう」
ダイニングテーブルには織依と尋貴がすでに朝食を取っていた。
尋貴は口にパンでも入っているらしく、もごもごと言っている。織依は制服に着替えないでパジャマのまま降りてきたことで、次子の体調がよくない事を悟った。
「もう、今日は休みなさい。・・・明日明後日も家にいること」
「・・・・・」
「まったく・・・・・。そろそろいいかげん、しょっぴいてくしかないかしらね」
織依は返事をしない強情な次子に溜息ひとつ。
次子の両親はともに医者だ。父親の譲(ゆずる)は都内の総合病院の病院長で腕のいい外科医、織依はその病院の産婦人科医である。
「尋常じゃないのよ、今のおまえは」
「・・・・大丈夫だから」
「ばか言って。その顔色のどこが大丈夫なの」
「本当に、なんともないって。・・・・今日は寝てるから」
織依の心配はわかるのだが、今の次子には正直わずらわしくもう自分の部屋へ戻ってしまおうと踵を返したその時。
視界がさーっと薄暗くなり、ちかちかと点滅する。手足が冷えていく感覚。
「次子?!」
「姉さんっ」

そして、あとは闇。


「・・・・父さんは自分のとこに入院させるからって、ドクターヘリまで呼んじゃってさあ。あきれちゃうよ」
「・・・・ドクターヘリ;;」
次子たちは町田市に住んでいる。そして両親の勤務先の病院は港区だ。救急車を走らせて行くにはいささか距離がありすぎるとはいえ、緊急用のドクターヘリを私用で使っていいわけがない。
「母さんはさすがに反対して、車で連れて行くって言ってたんだけどね。でも、いくら声かけしても姉さんの意識が冷めないから、もうパニックさ」
「・・・・」
確かに、今の今までまったく目が覚めなかったのだ。医者であるとはいえ、自身の娘のそのような状態見て冷静でいろというのは酷であろう。
「ま、しばらくは入院だっていうからゆっくり休みなよね。姉さんは無茶しすぎ。・・・・そのうち父さんと母さんが来ると思うよ」
「・・・・今、何時?」
母の織依はまだしも、父の譲には会いたくなかった。嫌っているのでも煙たく思っているのでもないけれど、ただ苦手なのだ。自分の父親なのに。
「時間?ちょっと待って。・・・・・ええと、もうすぐ3時半」
病室には時計がないので、尋貴はポケットから携帯を取り出して時間を見た。
「3時半。・・・・・もう学校は終わってるな」
ぽつりとつぶやく。
きっと、驚いているだろう。昨日の時点ではこんなことになるなんて思ってもいなかったのだから。
真っ直ぐに射抜くように相手を見つめる大きな瞳を持つ友人を思い浮かべる。
「そうだね。俺も今日は休みになっちゃったよ」
「悪い」
「いいって。今日はつまんない授業ばっかりだったから行っても退屈してただろうし」
そう言って肩をすくめる。
弟の尋貴は地元の公立中学に通う中学一年生だ。常に定期試験では学年トップという賢さだが、変に大人びていて教師達をやりこめるので煙たがられていた。
「あ。だれか来たみたいだ。母さんかな」
しんとした廊下からぱたぱたとスリッパの音が聞こえてきた。
「・・・・違うっぽい。もっと大勢だね。多分姉さんの友達だよ」
「・・・・・」
きっと、そうであろう。
6時間目の授業は3時に終わる。それから帰りのHRがあり、その後掃除当番にも当たらず部活もなく下校すれば、十分に到着出来る時間だ。この総合病院は渋谷からは地下鉄で10分とかからないところにあるのだから。
(・・・・・見せたくなかった、こんな姿)
せめて点滴が終わっていれば、と思った。


「あ、ここよ。507号室。名前のプレートも入っているわ」
このみが指を差す。
「個室だよ~。やっぱり病院長の娘だからかねえ」
「そういうわけじゃないんじゃない。急患だったからだよ、きっと」
翔子や満実も努めて明るく振舞っていた。
天真爛漫な元気娘の日夏里が、能面のような表情でずっと押し黙っている。
自分達も不安なのだが、日夏里の心中を察すると暗くなってなどいられないのだ。
いっそ、泣いてくれたら慰めようもあるのにと思う。
「日夏里、扉を開けて。・・・・わたしたちがちゃんとついてるから」
このみは、そっと日夏里の頭を抱えて自分の肩口に押し付け、ゆっくりと離した。
それが合図だったかのように、日夏里は扉に手をかけおずおずと開けていく。
(・・・・どうしよう。つーさんの意識がなかったら。目をあけてくれなかったら)
悪い方へと向かう思考を振り切るように、頭を振る。

そして開いた扉から見えた視界。
枕を背中に置いて、それらにもたれかかるように半身を起き上がらせた次子がベッドにいた。
みなの姿を認め。
「・・・・ごめん」
と一言、次子は言った。


「つーさんのばか。おおばか!」
言いながら、日夏里はすたすたとベッドの傍まで歩いて行き、いつもは見上げている次子をほんの少しだけ見下ろした。
「ごめん」
次子は同じ言葉をもう一度言う。
途端、日夏里の大きな瞳から涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
「ごめんじゃないから。・・・・なんで、こんなになるまでっ・・・!・・・・どう、して・・・・・」
あとは言葉にならず、しゃがみこんで顔をベッドの端に突っ伏して泣き出してしまった。
「・・・・・日夏里、ごめん」
枕に預けていた背中を離し、少し屈みこんで、動かせる右手を日夏里の頭に乗せそっと撫で始めた。
「ごめん」とただつぶやきながら。
瞳に愛しさをあふれさせて。

「・・・・わたしたち、お邪魔ね」
目尻に涙をにじませて言うこのみ。
「そうそう。とりあえず生きてるし、また来ればいいよ」
瞳を潤ませてはいるが、おどけて軽口を翔子はたたく。
「・・・・翔ちゃんてば;;・・・・でも日夏里が泣いてくれてよかった」
そんな翔子にあきれる満実も、やはり涙が光っていた。
「ええ。あんな能面のような顔をした日夏里は二度と見たくないわ。・・・・今日はこれで帰るけど、日夏里を泣かせた罪は重くてよ」
ふと顔を上げた次子と目が合い、このみはにっこりと笑う。
(このみ姫、目が笑ってない;;こわいよ;;)
翔子と満実は思わず顔を見合わせた。

このみら3人となんとなくその場にいられないとでもいう感じで弟の尋貴も病室を出た。


「・・・あんな姉さん、初めて見た」
戸惑いと驚きと両方を交えた口ぶりでつぶやいた尋貴。
「そう?日夏里に対してはいっつもあんなだよ」
さらりと翔子は答える。
「姉さん、ほとんど感情を表に出さないから」
顔だけ振り返り、病室の扉をそっと見る。
「不器用だものね、つーさんは」
「ほんとはやさしくて気遣いが出来てすっごくあったかいハートの持ち主なのにさ」
「そうそう。写真には正直に出るのにね」
このみ・翔子・満実の3人は顔を見合わせ、にこっと笑う。
「・・・・俺、家に帰ろ。姉さんは目を覚ましたし、母さんももうすぐ来るだろうから」
尋貴も笑顔を返す。
「それがいいよ。あたし達はおばさんに挨拶してから帰るからさ、伝えておいてあげるよ。・・・・ね?」
そう言って翔子は満実やこのみを見ると、ふたりは同じようにうなづいた。
「ありがとうございます。お言葉に甘えますね(笑)・・・・それじゃ」
未練なく身を翻して、尋貴は歩き去った。

(・・・・・いい友達がいるんじゃないか、姉さんには。あんなになるまで、なに悩んでんだよ)
自分は弟で頼りにならないかもしれないけど、次第に痩せていく姉を傍で見ているのはつらかった。
尋貴はにじむ涙を手の甲で乱暴にぬぐい、降りてきたエレベーターに乗り込んだ。


「・・・・日夏里」
少しずつ泣くのがおさまってきたようなので、次子はそっと声をかけてみたが返事はなかった。
「・・・・そんなに泣いてると、目が溶けるよ」
なので、違うことを言ってみる。すると。
「・・・・溶けない、もん」
返答あり。どうやら泣き止んでくれたようだ。
「じゃ、瞼が腫れ上がって、目が開かなくなるからね」
「そんなことないよ。ちゃんと開くもん」
言葉は返すが、まだベッドに突っ伏したままだ。
「・・・・なら、顔を上げて」
「やだ」
即答されて、溜息ひとつ。
「・・・・つーさんが悪いんだからね。こんなになるまで自分を追い詰めて。・・・・・そんなにあたしたち頼りないの?」
胸が痛い。
なんて答えたらいいのだろう。
けして頼りなくなんて、ないのに。
次子は、頭を撫でていた右手をすっと頬に移動させた。
「・・・・つーさん?」
おそるおそるという感じで日夏里は顔の半分だけ上げて、目を見開く。
涙に濡れた赤い瞳だ。
「・・・・ごめん」
親指で目の下をつ・・・となぞった。

「次子、目を覚ましたんですって?!まったく、この親不孝ものは!」
がらりと勢いよく扉が開くと同時だった。
「母さん;;」
「おばさん」
次子はあわてて手を離し、日夏里は立ち上がった。
やって来たのは予想通り次子の母の織依だった。青い術着の上に白衣をまとった姿である。どうやらお産が入っていたようだ。
ベッドの傍らにいる日夏里を見つけて。
「あら。日夏里ちゃん、いらっしゃい。こんなばか娘のことで泣かなくていいからね」
廊下にいたこのみたちから聞いたのか。それとも赤い目をした日夏里を見たからなのか、こんなことを言う織依。
織依は、すらりと背が高く化粧っ気もなく髪はひっつめていて「綺麗」とはいい難いが、理知的な瞳と意志の強そうな口元が印象的な女性であった。
「おばさんてば;;」
「もうね、さっさとしょっぴけばよかったわ。本当に往生際が悪くて」
「・・・・そんなことは」
「反論は受け付けないからね。・・・・ガンガン栄養剤の点滴やって、どんどん食べさせて。で、徹底的に検査させるから。覚悟しなさいよ」
腰に手をあて次子を見据え、織依は一気にまくしたてた。
「・・・・・・;;」
次子はもう、言葉が出てこない。
「つーさん。おばさん心配だったんだよ?はやく安心させてあげないと」
そんな次子に日夏里はにこっと笑いかけた。
「ん~、日夏里ちゃんはいいこねえ。やっぱりお嫁に来てほしいわ」
「あはは。いつでも、いいですよ♪」
「日夏里;;」



次子はふと、窓の外を見る。
少しずつ赤く染まっていく空。
もう一度、「ごめん」とささやいた。
2009.02.21
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