つの字が入院したその日、「日夏里を泣かせた」と静かに怒っていたこのみ姫が、単身お見舞いに来ました。
はじめはつの字を追及していたこのみ姫ですが・・・・・。

つづきをよむからどうぞ。



かららと病室の扉が開いた。時間は、午後4時前。
毎日ほぼ同じ時間にやってくる友人だと思い、読んでいた本から顔も上げずにこう言った。

「日夏里?」

すると。
くすくすと上品な、でもいかにもおかしいというような笑い交じりの声が聞こえた。
病室の中の主・・・・・次子ははっとして、面を上げる。
「こんにちは。おかげんいかが?」
そこに立っていたのは、艶々とした漆黒の長い髪と透き通るほどの白い肌、黒目がちな二重瞼を持つ日本人形のような美しさをたたえたこのみであった。
「このみさん・・・・」
このみは次子と目が合うと、にっこりとあでやかに笑った。


扉を静かに閉めて、ベッドに近づいていく。
次子の視線がなんとなく自分の後ろの方を彷徨っているので。
「・・・・残念ね。今日は日夏里は来られなくてよ。すみれおばさまとお買い物なんですって」
「!・・・・いや、その;;」
後ろからひょっこり顔を出すのではないかと思い、その姿を探していることをはっきりと指摘され、次子はうろたえる。
「HRが終わると部活がない日は一番に教室を飛び出すのよ。・・・・うふふ。愛されていること」
また、にこりと笑う。
「このみさん;;」
「あら、違って?・・・・確かに日夏里は学校からも比較的家が近い方で、ここはその学校から10分足らずだけど、毎日放課後に顔を出すのはやはり大変だと思うわ。部活があればその後来ているのでしょう?。それが“愛情”じゃないなら何なのかしら」


次子が朝自宅で倒れ、そのまま入院することになってからニ週間近くが経った。
日夏里はこのみが話した通りのままに、毎日顔を出している。
学校から近いとはいえ、部活の後でまで来るのは大変だろうと、「無理に毎日来なくてもいいよ」と次子は日夏里に言っていた。
でもお日さまのような日夏里の笑顔を見て、学校でのことやその他の他愛のない話だとしても、ただそれらを聞いているだけでささくれだっていた気持ちが和むのだ。

次子の現状は、基本的にベッドの上での絶対安静だった。そして午前と午後に2本ずつの点滴を打っていた。(午後の点滴は今は日夏里がやってくる前に終わっていた)その合間合間に検査があり、なんとも気が滅入る、なにもすることがない日々なのだ。
だが次子は、日夏里が来てくれるだけでどうしてそんなにこころが安らぐのかは深く考えずにいた。
いや、考えないようにしていた・・・・・。


このみは言葉を継ぐ。
「それに来週はもう後期末試験だし、その前につーさんが退院してきても困らないようにって、苦手な理数系も泣き事言わずにがんばってノートを作ってるわ。・・・・・健気ね、日夏里は」
自分を見つめるこのみの瞳には、強い色が宿っていた。
「はっきり、聞きたいの」
「・・・・・なにを」
「とぼけて。日夏里のことに決まっているでしょう」
「なにも、ないから」
このみの視線を受け止めきれず、次子はすっと目をそらしてしまう。
「そうやって、いつまでも蓋をしておくの?日夏里が差し出すものは受け取るだけ受け取っておいて」
「そんなつもりは・・・・・」
「そんなつもりはないっていうのね。・・・・だったら、何故泣かせたの?泣かせたら許さないって言ったじゃない」

泣かせるつもりなんてなかった。・・・・・泣かせたくなんかなかった。
あの日だって、学校に行くつもりだった。
遅れていったって、ちゃんと顔を見せて日夏里の笑顔に応えてやりたかった。
・・・・・・自分が、彼女の笑顔を見たかったのだ。

次子の表情がつらそうにゆがむ。このみはふうと吐息をつく。
「つーさんの中でブレーキをかけているものは何かしら?」
「・・・・・」
「同性、だから?」
「・・・・・」
「好きになってしまったら、そんなの関係なくてよ」

そうなのだろうとは思はなくもない。
だが、こんな自分のどこがいいのだろうか。
常につきまとう疑問。
次子は自分のことをずっと好きになれずにいる。

「女の子が欲しかったんだ」と公言してはばからない父に、幼い頃から「女の子らしくない」と言われ続け、あげく「少しでも女の子らしくなってくれれば」と地元の公立中学への進学をやめさせられ、私立の女子中学を受験させられた。
試験に合格し入学した学校の雰囲気は悪くなかったが、この中に自分がいることには違和感がいまだぬぐえない。

周囲は自分のことを「ボーイッシュ」や「中性的」などと評すが(日夏里は『ハンサム・ガール(凛々しい少女)』と言ったが)自身、そう振舞っているつもりはまったくなく、普通にしているだけなのだ。
どうあがいても、父親の望む「女の子」にはなれそうもない。
だからせめて、両親はともに医者で自分にも医学の道をめざしてほしいと望んでいるから、その期待に応えたいとも思うのだが、写真への思いはやはり捨てられないでいる。
------なにもかもが中途半端な自分。

「男性でも女性でも、ひとりの人間ですもの。相手の人間性が好きになれなかったら、友人としてだってお付き合いできないわ」
「・・・・・・」
次子は何も答えることが出来ない。

友人らしい友人も自分にはずっといなかった。いや、作らなかった。
日夏里たちに出会うまではずっと壁を作り続け、深く付き合うことを避けてきたのだ。
・・・・・・自分自身が好きになれないから、こんな自分と関わって欲しくなかった。
それなのに。
高校一年で同じクラスになった翔子は強引と言ってもいいほどのやり方で『友達』の位置につき、そこへ日夏里が真っ直ぐに飛び込んできたのだ。自分が作っていた壁をいとも簡単に壊して。

日夏里のくるくるとよく変わる表情と小さなからだで元気一杯なところが可愛らしくて微笑ましくて。
自分は到底こうはなれないけれど、そばにいるのは心地よかった。

「・・・・つーさんは」
顔をそむけてうなだれていく次子を見るのがつらくて、このみはもう日夏里とのことを聞くのはやめようと思った。
次子を追い詰めるのが目的じゃないし、これ以上追い詰めたら、また以前のように次子は殻に閉じこもってしまうだろう。
「つーさんは必要以上に真面目に考えすぎてしまうし、相手の気持ちを思い遣るあまり自分に頓着しなさ過ぎるわ。・・・・もっと感情で動いていいのよ。気持ちを解放してあげて」
「・・・・・・」
「日夏里は、強い子よ。ちゃんとみんな受け止められるわ」
「・・・・!」
「私たち・・・・翔子も満実もね、つーさんと日夏里、ふたりが一緒に仲良く笑い合っているのが大好きなの。見ていて嬉しいのよ」
「・・・・このみ、さん・・・・・」
次子がゆっくりと顔を上げると、このみはやさしく微笑んでいた。
「日夏里はもちろんだけど、つーさんの笑顔だって見たいわ」
「・・・・」
「大切な友人ですもの。・・・・・笑顔が一番よ」
「・・・・っ」
あげかけた顔を右手で覆いながら、ふたたび次子はそむけてしまう。そして立てた膝に顔を伏せてしまった。

こんな自分を大事に思ってくれる友人の存在が嬉しくて、切なくて。
どうやって返せばいいのだろう。胸の中のこの「想い」を。

「つーさんたら・・・・」
ここまで感情をあらわにする次子をこのみは初めて見た。
このみは静かに近づき・・・・・。
「!」
そっと、次子を抱き締めた。
「もう、本当におばかさんだわ。つーさんは。・・・・・私たちみんな、つーさんのことが大好きよ。だからはやく元気になって」
あやすように、やさしくささやく。

ぱたぱたと廊下を駆けてくる音が聞こえた。
「走らないで」と注意する看護士の声も。

「今日は行かれないかもって言ってたのに」
苦笑しつつそうつぶやき。
「お邪魔虫は帰るわね」
このみは次子から離れ、扉の方へ歩き出した。
「・・・・・このみさん」
その背にかかる次子の声。
「ありがとう」
振り向いても、次子はまだ顔を伏せたままだった。
「どういたしまして」
そして、病室から出て行った。

「あ、このみ姫!」
「すみれおばさまとのお買い物は終わったの?」
このみが病室を出ると、目の前に日夏里がいた。
「うん。・・・って、このみ姫はもう帰っちゃうんだ」
「また、明日来るもの」
「そうだね。・・・・明日、届けるんだもんね」
「うふふ、内緒にしておかないとだめよ?」
「りょーかいです!」
日夏里はにこっと笑い、このみと別れの挨拶を交わして病室の中へ入っていった。


はやくふたりのこころからの笑顔が見られますように。
このみはそう願ってやまなかった。
2009.03.06 / Top↑
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