少しは元気になってきたようですが、まだ退院できないつの字。
期末試験も始まってしまいました。
日夏里は今日もやってきますが・・・・。

つづきをよむからどうぞ。



「えへへ、来ちゃった」
からりと開けられた扉の向こうに立っていたのは、この病室に毎日顔を出している日夏里だった。
「・・・・今日から、期末じゃなかったっけ?」
「うん」
「試験期間中は、来ない方がいいよって昨日言ったばかりじゃないか」
そう言って溜息をついたのは、病室の主である次子。
「・・・・だって、顔見たかったんだもん」
大きな瞳を真っ直ぐに次子に向けて言う。
来てしまった日夏里を追い返すようなことは次子には出来ない。
「仕方ないな。・・・・・早めに帰るんだよ」
と苦笑しながら言うと。
「わかった。つーさん、ありがとう」
にっこり笑って、やっと中に入ってきたのだった。


「今日はどの教科だった?」
いつもの指定席であるベッドサイドにある椅子に日夏里が座ったのを確認してから尋ねる。
「世界史と化学だよ」
「日夏里の得意の二教科だね」
どちらも90点以下は取ったことがない日夏里だ。
「でも明日は基礎解析と英語(リーダー)」
む~っと眉根を寄せる。
「・・・・じゃあ、帰って試験勉強しないと」
そんな日夏里の表情を見て苦笑する次子。
こっちはどちらも日夏里の不得意教科なのだ。
ただ基礎解析の方は、夏前以来次子が時々アドバイスをしていたので、以前ほど苦手意識はないようだ。
「今更勉強しても仕方ないから、いいの。・・・それよりつーさん・・・・」
次子の顔をじっと見る。
『いつ退院出来るの?』という言葉をぐっと日夏里は飲み込んだ。
いつも聞きたくてたまらないこと。
次子が入院してそろそろ1ヶ月近くになる。
顔色はもう青白くなく血色が戻っており、からだはまだ痩せたままだが、表面上は元気に見えているのだ。
「何?日夏里」
黙ってしまった日夏里を訝しむ。
「ううん、なんでもない」
次子が言い出すまで聞いてはいけないと、日夏里は気持ちを切り替えてにこっと笑った。

「そういえば、手紙全部読んだ?」
「・・・読んだよ」

クラス委員のあきらが呼びかけ、次子にお見舞いの手紙を書くこととなった。
『有志』のつもりでいたあきらだったが、クラス全員が手紙を書いてくれ、さらには入院生活は退屈だろうからと本の差し入れをしようとカンパを募ったら、そちらも全員が出してくれたのだ。
あきらともうひとりのクラス委員のこのみそして日夏里の3人で、クラスメイトからの手紙とともに文庫本二冊と花束を次子に届けた。
思いもよらぬ差し入れに、受け取った次子はおおいに驚いたのだった。

「みんな、心配してたよ。試験が終わったらまた、お見舞い攻勢だね」
くすくすと日夏里は笑う。

これまでにもたくさんの人が次子の元に訪れていた。
翔子や満実は当然のことながら、あきらや桃子たちを始めとしたクラスメイトたち。そして都も顔を出していた。
写真部の先輩や後輩も訪れている。七海は友人の朝葉とも一緒に来たのだ。

「・・・・こんな、私にね」
ぽつりと呟いた次子。
「つーさん・・・?」
「・・・あ。・・・・・なんでもないよ」
我に返った次子は、不安げな瞳の日夏里を安心させるかのように微笑む。
「ほんとに?」
「ほんとう」
その言葉に日夏里は心から安心したわけではないが、これ以上問うたところで次子は答えてくれないのがわかっていた。
「そうだ。つーさん、お誕生日プレゼント何が欲しい?」
だから、話を変える。
「なにもいらないよ」
「も~。あたしのプレゼントを選ぶ楽しみを奪っちゃだめ!なにかないの」
「・・・・なんでもいいわけ?」
「う;;・・・・・ん~、あたしのお小遣いで買える範囲で;;」
そう言って指を2本たてて次子に示す。月『二千円』だから、と言いたいようだ。
しばらく次子は考えて。
「・・・・じゃあ、日夏里」
じっと日夏里を見つめそう言った。日夏里の顔がみるみる赤くなる。
「あ、あたしは買えないよっ;;もう、つーさんてばなんてこと言うの」
真っ赤な顔で抗議をする。
「・・・・ごめん。冗談がすぎたね」
次子は何故だか寂しそうに笑った。


どこか後ろ髪を引かれる思いで、日夏里は病院をあとにした。
(つーさん、なんかヘンだった・・・・)
試験期間中でなければこんなに早く帰ったりしないのに。
もっとずっと傍にいるのに。

地下鉄に乗り込み、日夏里は思いに沈む。
(『こんな私に』って、つーさん言ってた。どうして?なんで自分を卑下するの?)
無口で寡黙だけど、さりげない心遣いが出来る次子。
相手を気持ちを優先して、思い遣って、自分を後回しにしがちな次子。
いろんな場面で助けてもらった。

そう、あの時も。・・・・中学二年のあの時も。
自分がやったことではないから、休むことは認めることだと思ったから何があっても学校には来ようと思っていた。
でも、やっぱり授業時間以外はクラスにいるのがつらくて、昼休みは図書室で時間をつぶしたが、15分休みだけは隣のクラスに逃げていた。


「なに、橘。いつからここのクラスになったわけ?・・・あ、うちのクラスにはいる場所ないもんねえ」
毒を含んだ、悪意ある言葉が日夏里に降りかかる。振り向けば、そこには同じクラスの岬が立っていた。
岬は日夏里が話していた友人---平井木綿(ひらい ゆう)に向かって。
「・・・・橘となんか、付き合わない方がいいよ。嘘つきがうつるから」
言い放つ。
「なっ・・・・!」
がたんと日夏里は立ち上がった。
「言いたいことがあるなら、言えば?言えるもんならね」
嘘をついているのは、彼女の方だ。日夏里はそれがわかっていたけど言えなかった。
言ったら、傷つく人がいるから。
日夏里は黙って、うつむいている。
「ほら、言えやしない。・・・あんた、戻ってこなくていいから」
岬は傲然と腕を組んで日夏里を見据えていた。

「・・・寝られないんだけどね。静かにしてくれないかな」
「だれっ?」
机から顔を上げ、眼鏡をかけながらこちらを見ている『ハンサム・ガール』。
「晴田さん?!」
日夏里と話していた木綿がいささか驚きながら言う。
「いつもは静かなのに、どうして今日はこんなに騒がしいやら。勘弁してほしいな」
その『ハンサム・ガール』----晴田次子は岬を見ていた。岬の手がわなわなと震えている。
「寝てたのはあんたの勝手だし、あたしのせいじゃないわよ。むかつく」
そう言い残し、教室からつかつかと出て行った。

残された日夏里は、欠伸をしながらまた机に伏せようとしている次子を見ていた。
「・・・・なに?」
視線に気がつき、問う。
「あの、ありがとう」
「・・・・・お礼を言われる筋じゃないから。私が寝られなかっただけ」
素っ気なく返される。
もう言うことはないという風に、机に突っ伏してしまった。日夏里は呆然とする。

「ひーちゃん」
「あ、木綿ちゃん。・・・・ごめんね、あたしのせいで」
「ううん。ひーちゃんは悪くないから」
そこで一度言葉を切り。
「わたし、晴田さんがああいう風に言ってきてびっくりしちゃった」
「どうして?」
「晴田さんって、全然周りに関心ないんだよ。いまだにクラスメイトの名前も覚えないし・・・」
休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、日夏里は自分の教室に戻った。

(はるた・つぐこさん)
木綿にフル・ネームを教えてもらい、その名前をこころに刻み込んだ。
毅然としいて、優しいその人の名を。


あれからそうしないうちに日夏里の誤解は解け、隣のクラスに逃げ込むことはなくなった。
岬とは結局最後まで和解は出来なかったけど、いまやそんなことはたいしたことじゃない。

あの後次子と廊下ですれちがうこともあったが、次子は自分のことは覚えておらず、少しがっかりした。でも仕方ないと思った。
いつか友達になれたら、あの時のお礼をちゃんと言おうとそうこころに決めた。

転機が訪れたのは二年後の高校一年。
親友の翔子が次子と同じクラスになり、満実から次子について話を聞いていた翔子は早々に彼女と友人になったのだ。
翔子の元へ遊びに行き、翔子の隣の席に座る次子に話しかける時、日夏里の胸はどきどきと早鐘のようになっていた。
次子は以前と変わらず、さりげないやさしさの気遣いが出来る人のままだった。

次子に会えるのが嬉しい。
翔子と話している時に少しでも会話に加わってくれるのはもっと嬉しい。

そして二年になって、同じクラスになった。
翔子から次子と同じクラスだということは春休みにきいていた。クラス替えの事前発表がない翠嵐でどうしてそれがわかったのか、という経緯をも翔子から教えてもらった時に、日夏里ははっきりと次子への想いを自覚したのだ。

クラスメイトの顔すらきちんと覚えない次子が自分のことは覚えていてくれたのだ。
すごくすごく嬉しかった。

次子が同性であることは日夏里にはもはや関係なかった。
・・・・次子だから、好き。次子というひとりの人間が好き。
誰よりも、大好きだ。


はやく、元気になって。


締め付けられような胸の痛みをこらえながら、日夏里はただただ、そう祈っていた。
2009.03.11 / Top↑
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