2です。
今回、つの字の「真実(ほんとう)」がわかります。

つづきをよむからどうぞ。



「・・・・じゃあ、あの子の遺伝子は『XY』だというのか」
震える声でなんとかそう言った譲に織依はこくりとうなづいた。
『XY』の遺伝子。それは『男性』を示す性染色体だ。
「だから今体調を崩しているのは、本来の遺伝子の方の働きが活発化してきてて、ホルモンバランスが崩れている影響じゃないかと・・・・」
「ばかな。そんな筈はないだろう」
織依の言葉を遮る譲。
「私だって、そう思いたかった。でも結果は・・・・」
「なんてことだ」
譲はふーっと大きく息を吐く。

「・・・・・あの子にどう告げたらいいのか」
逡巡する織依。
「はっきり言うしかないだろう」
譲は視線を下げたままだ。
「それはそうだけど。でもなるべくショックを与えたくないし・・・」
「・・・そうでもなく、淡々と受け留めるのではないか。あの子のことだから」
ぼそりと譲がそう言うと。
「譲さん。あなた、なんてひどい・・・・!」
織依はがたんと椅子から立ち上がった。
「織依?」
驚いた表情の譲。
「・・・・今まで生きてきた17年間を否定されてしまうというのに、そんなことあるわけないじゃない」
強い視線で譲を見下ろす。
「それは・・・・」
「あなたのそういう心無い言葉や態度に、これまでにどれだけ次子が傷ついたことか・・・!」
「私は、そんなつもりでは・・・」
「そんなつもりはないと?・・・・とてもそうは思えない」
「織依・・・・」
譲は戸惑っていた。
いつも理性的で、自分が次子のことで不満を漏らしてもここまで感情を出したりしない織依なのだ。
「亡くなったお義母さんのようなたおやかな女性になってほしいと願うあなたの気持ちは理解出来るけど、でもそれを子供の個性や性格も考えずに押し付けてはいけなかった。・・・・あの子はあの子なりにあなたの願いに添うように努力していたわ」
「・・・・」
「あの子は感情を表に出さない。不満だって言わない。・・・・きっとみんな抱え込んでしまっている」
そっと瞳を伏せる。
「織依」
「私にだって責任があるのはわかってる。・・・でも、あなたは今はあの子に会わないで」
そしてゆっくりと歩き出す。
「きっと不用意なことを言ってしまうわ。・・・・もうこれ以上、あの子は傷つかないで欲しい」
それだけ言うと、織依は病院長室の扉を開けて静かに出て行った。

(譲さんだけが悪いんじゃない。私だってあの子が不平不満を言わないから甘えていたわ)
次子の病室に向かいながら深い後悔に沈む織依。
(あの子のすべてを受け止めよう。・・・・どんな選択をしてもあの子はあの子なんだから)



織依は扉の前で深呼吸をひとつした。
「次子、いる?」
「おばさん・・・」
がらりと扉を開けると娘の友人・橘日夏里がベッドサイドの椅子に座っていた。そしてそのベッドの主はいなかった。
次子がいないことを確認しそれを日夏里に言えば、日夏里はちょっといなくなったかのように次子をかばうが、次子が時々病室を抜け出していることは織依も承知の上なので「また来る」と言い置いて、病室をあとにした。

入院生活が長くなった次子にとって、友人の日夏里のお見舞いは大切なひと時だ。
のちに伝えなければならないことはあまりに重い内容ゆえ、今は少しでも穏やかでやさしい時間を過させてあげたかった。

ちらりと時計を見れば、昼の長い休憩時間ももうすぐ終りそうだった。午後は産婦人科病棟への回診だ。気持ちを切り替えて、医師としての自分を尊重させなければいけない。
娘のもとへは勤務を終えた夜に行くしかなかった。




「遅くにごめんね」
夕食も終わり、あとは夜の検温を待つだけの次子のもとへ織依は訪れた。決意を秘めて。
「母さん。・・・・昼間来てくれたって日夏里が・・・・」
ベッドの上に片膝を立てて座り、鉛筆を片手に丸めた雑誌に何かを書き込んでいた次子は顔を上げた。
「日夏里ちゃんも毎日よく来てくれるわね。・・・・なにやってたの?」
織依はベッドに近づき、覗き込む。
「・・・・日夏里が持ってきたクロスワード・パズル」
今日の日夏里のお見舞いの品は様々なパズルが載っているパズル専門の雑誌だった。「解けたら、解答送って賞品もらおうね♪」と日夏里は無邪気に言っていた。
「あらそう。で、解けたの?」
「いくつかは」
そう言って、また雑誌に視線を戻す。織依はベッドにそっと腰掛けた。

しばしの沈黙。
「・・・・なにか、話があるんだよね」
ぽつりと次子は言った。
「母さんは、勤務時間中に顔を出したりしない人だから。いくら昼休みでも」
「次子・・・・・」
「なに?また父さんがぼやいてた?」
譲は入院した日の夜以来、ここに顔をだしていない。病院長として忙しい日々なのだから仕方ないことではあるのだが。
次子の表情は淡々としている。
「そんなことは気にしなくていいから。・・・あのね」
いつにない、織依のなんともいえない複雑な表情が次子を戸惑わせる。なので。
「言いづらい話みたいだ。・・・・私の体に関することだよね?」
次子の方から口火を切った。ふさぎがちだった織依の瞳が見開く。
「いろいろな検査をされた上に、まだ退院できなくて。だったらなにかでてたとしてもおかしくないからさ」
織依を見ながら、あくまでも淡々と話す次子。
「・・・・どんな結果だったとしても、きちんと受け止めるよ」
勇気をもって、すべてを話さないといけないと織依は思った。


「・・・・・私は『男』だったわけだ」
織依の話を聞き終わった次子はぽつりとつぶやいた。
「次子・・・・」
「だからいまだに女性として来るべきものも当然来なかったんだね」
もうすぐ18歳になろうというのに、次子はまだ「初潮」をむかえていなかった。このことを織依は母として、そして産婦人科の医師としてずっと危惧していたが、初潮年齢が遅い例がまったくないわけではないので、もう少し様子を見ようと思っていたのだ。
それが仇になったのか。
いや、早く受診していても、今の結果が早まっただけだったろう。
「今の私はいわば二次性徴前の少年みたいなものか」
「・・・・」
淡々と言葉を紡ぐ次子に織依は何も言えない。

あるかなきかに等しい胸。どちらかといえば低めのアルトの声。
「ボーイッシュ」、「中性的」などと言い表される外見。制服の時なら「女性」で通るが、ジーンズなどの私服姿では「男性」として見られることが多かったのは事実だ。
しかも自分自身も「女性」をあまり意識していなかった。
だがそれらがすべて本来持つ遺伝子の影響であったとは、いくらなんでも思いもよらなかった。

「・・・・ごめんね」
あまりに冷静に受け止め過ぎる次子。その姿がよけいに痛々しいのだ。
「母さん・・・・」
「ごめんね、次子」
織依は繰り返す。
「・・・母さんが謝ることじゃないよ」
「いいえ。多分私が悪いんだわ。・・・・・妊娠中にね、過度なストレスを受けるとお腹の中の胎児はいろんな影響を受けてしまうの」
次子を妊娠しても出産のぎりぎりまで織依は働いていた。
「それが、わかっていたのに。・・・・私は」
医者という仕事に誇りを持って望んでいる織依。自分はその専門の医師であるのに、己の子供にこんなつらい思いをさせなければいけないなんて。
織依の肩が震える。
「・・・・誰の責任でもないから。神様のきまぐれなんだと思うよ」
にこっと柔らかく笑う。
「次子・・・・・」
なんでこんなときにこの子は笑えるのだろう。
次子が感情を抑えるようになってしまったのは、絶対自分と譲の責任だ。
どうして、何故、ともっと気持ちをぶつけてきていい筈なのに。

「この先、私はどうすべきなのかな」
織依を真っ直ぐに見て言う。織依は両手をぎゅっと握り締める。そして。
「・・・・・このまま女性でいることも出来るわ。もちろん、本来の性に戻ることも可能」
ゆっくりと告げる。
「ただし、それには手術が必要だし、精神的に多くの苦痛が伴うことも確かよ」
「・・・・・」
次子は黙って織依の言葉を聞いている。
「・・・・・どうしたいか、じっくり考えて。いまはまだ体力の回復が先決だから」
立ち上がる織依。
「なにがあろうと、どんな道を選ぼうと私たちはおまえの味方だから。それを忘れないで」
そして、次子をぎゅっと抱き締めた。
「母さん・・・」
「わかったわね」
こくりと小さく次子はうなづいた。

2009.03.31 / Top↑
Secret

TrackBackURL
→http://mizuhohagiri.blog35.fc2.com/tb.php/153-855bc872