「空に咲く花、光の雨」、ラストです。
日夏里とつの字、ふたりの未来は?

つづきをよむからどうぞ。



(・・・・まぶしいな、外は・・・・)
気がつくとふらりと病院を抜け出していた。愛用の小型カメラを片手に。

とにかくひとりになりたかった。
誰にも煩わされず。
何も考えず。

点滴の本数が減ってから、病室を度々抜け出して屋上庭園に行ってはいたが、やはり病院の外に出て、あちこちうろつけるほどの体力はまだ回復していなかった。たいして歩いていないのにからだがふらついて仕方がない。貧血も起こしそうだった。
立ち止まり視線を巡らすと、その先に「杜」が見えた。確かこの辺りには大きな神社があったと記憶していた。撮影に来ていたように思う。
神社ならばきっと休憩所のようなところがあるかもしれない。
そんな風に考え、次子はそこへ向かって歩きだした。

近づいていくと鳥居が見えたので、やはりそこは神社であった。『赤坂氷川神社』と書いてある。
次子は境内に入っていった。



日夏里たちと別れた佑介。
次子の「波動」をより受け止められるようにと、今まではセーブしていた心話を開いていた。
幼い頃はコントロール出来なかったそれも、今では自在に出来るようになっている。
先ほど頭を掠めた映像から、次子がかなり疲れているのが察せられた。
(まだ、外に出られるからだじゃないだろ。なんでそんな無茶をするんだよ)
佑介はとにかく歯がゆくて仕方なかった。
こんな事態になる前に、自分は何か出来たのではないか。
・・・ふたりの気持ち、次子の葛藤。ジレンマ。自分にはそれらがわかっていたのに。

立ち止まって探り、歩き出す。その繰り返しだ。
(・・・・なにかまた視えないか。手がかりになりそうな目印でも・・・・)
神経を集中させる。
(彼女が行きそうな場所はどこだろうか)
ふっと、緑の杜が視えた。
(公園か。・・・・じゃなければ神社か。もう少しなにか)
この東京には公園も神社も数多くある。もう少し情報がほしかった。
さらに集中力を高め、とにかく次子の「波動」のみに思念をそそぐ。

(視えた)
佑介は現在地を確認して、それからその場所へ急いだのだった。



(私はどうしたいんだろう)
母の織依から伝えられた、衝撃的な事実。納得出来ることはいくつもあった。
だが、納得は出来ても気持ちはついてこない。理性と感情が一致しない。
これまでの自分はいったいなんだったのか。

(・・・・・・日夏里・・・・)

顔を見てしまったらきっと離せなくなるからと、ずっと背を向け続けて拒絶した。
また泣かせてしまったと思う。

泣かせたいわけじゃない。笑顔しか見たくない。
・・・・ずっと笑顔でいてほしいのに。

きらきらとした大きな瞳。射抜くように真っ直ぐ見つめる。
素直で明るく、元気一杯で。ころころと表情が変わるところがかわいくて。
・・・・かわいくて、ふれたくなっていた。

そんな筈はない。この感情は違うと否定しつづけけてきたけれど。
今はもう、認められる。
日夏里に惹かれていく、このどうしようも出来ない想いを。

(ごめん・・・・・)

でももう、泣き顔も笑顔も見ることは出来ない。
自分は彼女の前からいなくならないといけないから。

次子は両手で顔を覆い、深く深く思いの底へと沈んでいった。



「見つけた」
聞いたことのある声が降ってきた。次子はうつむいていた顔をゆっくりとあげる。
結局、ここの神社には休憩所のようなところはなかったようで、次子は本殿脇の石垣に軽く腰掛けていたのだ。
「つち・・・・みかど・・・さん」
目の前に佑介が立っていた。次子の瞳が驚きで見開く。
「なんで・・・・」
どうして佑介がここにいるのか。しかも病院からそう離れた場所にきたわけではないが、こんな短時間で見つけられてしまうなんて。
次子は疑問だらけだ。
「あのさ。俺の力のこと忘れてない?・・・・・翠嵐の学園祭で見ただろ」
そんな次子の様子に苦笑いで答える佑介。
「あ・・・」
だが次子は今佑介に言われるまですっかりそのことは忘れていた。佑介のことは『被写体』以上の興味はまったく持っていないからだ。
「みんな心配してるぞ」
「・・・・」
「橘さんは・・・・泣くのをこらえてる。必死に」
「・・・・」
次子はふたたびうつむいてしまっている。。
とても佑介には話すことは出来ない、自分の「真実(ほんとう)」。なにも言葉を返せないから、黙る。
そんな次子の様子に、佑介は溜息をつき。
「・・・・俺がこんなこというのはおせっかいだとは思ってるんだけどさ」
それからゆっくりと話し出す。
「晴田さんは大学は翠嵐の付属に進まないんだよね?」
「・・・・なんで、そのことを」
日夏里にずっと言えずにいたこと。もちろん、佑介が知る筈もないことだ。
「学園祭の時のことと今晴田さんを探し当てたことでわかってると思うんだけど、俺は他人(ひと)にはない特殊な能力を持ってる。・・・・だから、視えるんだ」
「・・・・視える?」
「ああ。・・・・・去年、うちの文化祭に来てくれて、その時に橘さんを『視た』こと覚えていると思う」

------そう。朱雀の文化祭に行ったとき、日夏里は整理券をもらって佑介の『占い』を体験した。何を視てもらったのかその結果がどうだったのかは特に関心がなく、ただ『占い』から戻ってきた日夏里の表情が晴れやかだったので、それでいいと思っただけだった。

「橘さんは、晴田さんといつまで一緒にいられるか知りたいって、言ってたんだ」
「・・・・!」
次子は息を飲む。
「そして俺は、この時小さな嘘をひとつついた」
「嘘・・・・?」
「大学までは一緒にいられると思うとにこやかに言う橘さんの言葉を否定出来なかったんだ。晴田さんがずっと悩んでて橘さんに言えないでいるのもわかったし、ふたりの想いも視えてしまったから」
真っ直ぐ次子を見る佑介。
「・・・・だから俺は、たとえ進む道は違ってもその気持ちを持ち続ければ一緒にいられると思うよ、と伝えたんだ」
次子の瞳が揺らぐ。
「彼女は、俺が晴田さんのことをひとりの人間として好きなんだろ、と尋ねたら戸惑いもためらいもせず『大好き』って言ったよ」
「!」
揺らいでいた次子の瞳が見開かれる。
「橘さんには性別なんて関係ないんだな。・・・・ただ一途に晴田さんだけを想ってる」
「・・・・日夏里・・・・」
一途に、真っ直ぐに気持ちをぶつけてくる日夏里。何にも揺るがない想いだ。
「こんなにも想ってもらえるなんて、すごいことだと思うしある意味うらやましくもあるよ」
佑介はやさしく微笑んだ。


「・・・・晴田さんを見ているとさ、以前の自分を思い出すんだよ」
ゆっくりと空を見上げる佑介。
「この力のせいで、幼い頃は人が信じられなくて。栞と、自分の家族と栞の家族以外には心が開けなかったんだ」
「それは・・・・」
「晴田さんもそうだったって徳成さんからきいた。もちろん、俺とは理由が違ってて晴田さんの場合は性格的なものからだと思っている」
一度言葉を切り、澄んだ青い空から次子へ視線を戻す。
「でも、橘さんたちと出会ってから、ずいぶん変わったとも言ってた」

都とは中学の2,3年に同じクラスだった。
だが、同じクラスにいたことを次子は本気で覚えていなかった。
中学時代の-----日夏里や翔子たちと出会う前の次子は人交わりを嫌い、クラスメイトの顔も名前も覚える気がなかったからだ。
都と翔子が同じクラスになってから都に改めて言われ、そうだったかと思い出したくらいなのだ。

「俺もさ、力があろうがなかろうが俺は俺だと変わりなく付き合ってくれる友人がたくさん出来て、変われた。そしてこの力を知った上で俺のなにもかもを受け入れ、なにがあろうと離れないと言ってくれた大事なかけがえのない存在・・・・・栞がずっとそばにいてくれる。それだけで俺は生きていけるよ」
「・・・・すごい、惚気」
くすりと次子が笑った。苦笑気味に。
「晴田さんにとっては、橘さんがそうだろ?」
「それは・・・・」
「そんなこころとからだが悲鳴をあげて壊れそうになる寸前まで悩んでいるのだって、それだけ橘さんが大切な存在だからだろ」
佑介は次子から視線をはずさない。
「だったら、いつまでも自分の想いに蓋をしてちゃいけない」
真っ直ぐな強い意志のこもった瞳。

きっと佑介には、力を持つが故のいろいろなつらいことがあったのだ。
それらを乗り越え、大切な存在を得て、今の彼がある。

・・・・日夏里さえそばにいてくれれば。
そうすれば自分も同じように乗り越えて行くことが出来る。
だからもう、想いを解き放ち、自分の気持ちに素直になって、日夏里の想いをすべて受けとめよう。

次子は腰掛けていた石垣から立ち上がった。ほんの少しばかりふらつく。
「大丈夫か」
佑介は咄嗟に手を差し伸べようとする。
「・・・・・ありがとう。大丈夫だから」
そう言って佑介を見た次子の表情は、晴れやかだった。
「晴田さん」
佑介の顔にも笑顔が戻る。

「戻らないと」
強い決意をもって、次子はゆっくりと歩き出した。



外来も終わった、病院のロビー。人も少なく閑散としている。
佑介に「病院で待っててくれ」と言われ、日夏里たちはここ、ロビーの椅子に座り次子と佑介の帰りを待っていた。

栞は少し離れたところに座っている。
日夏里たちが病院に着いたとき、このみと満実はすでにいた。このみは日夏里がいるのに次子の姿がないことを訝しみ尋ねた。
日夏里は佑介が次子を見つけて連れ戻してくれるからと答えたが、このみは何故佑介がと食い下がった。
日夏里はただ、「絶対見つけてきてくれるから、信じて」とこのみを真っ直ぐ見て言うことしか来なかった。
------佑介の能力のことは、このみに言えなかったから。
このみはそんな説明ではどうにも納得できず栞に対してまできつい態度を取るので、栞と一緒に座っていることが出来ず、日夏里は栞に申し訳ないと思いながら距離をおくことにしたのだ。


「つーさん」
日夏里が立ち上がり、駆け出す。
「え、つーさん?」
その言葉に、このみや翔子たちも立った。

「佑くん・・・・」
栞も佑介の姿を認め、ゆっくりと立ち上がった。

佑介が前を歩き、次子はすぐ後ろにいた。
「橘さん、お待たせ」
駆け寄ってきた日夏里ににこっと佑介は笑いかけた。
「ううん。信じてから、土御門さんのこと。・・・・ありがとう、つーさんを見つけてくれて」
日夏里が微笑み返すと佑介は「どういたしまして」と答え、嬉しそうに日夏里の頭をくしゃっとして、みなから離れたところで佑介の帰りを待っていた栞の元へ歩いていった。

「日夏里」
日夏里は次子を、いつものように真っ直ぐに射抜くように見つめていた。今は次子も視線をはずさなかった。
「・・・・なんでわかんないの」
「日夏里?」
「どうして、何もかも自分のこころの中に閉じ込めちゃうの。あたしたちはそんなに頼りないの」
「・・・・そんなことないよ」
次子は少し困ったような表情をする。
「嘘。だったら、こんなことする前に言ってくれる筈だよ。それを・・・・」
「ごめん」
日夏里の言葉を遮るが。
「ごめんは、もうききたくない」
止まらない。
「・・・・わかってる。でも、ごめん」
「わかってないよ。・・・・・みんなすっごく心配したんだよ」
日夏里の大きな瞳に涙がみるみるあふれてくる。
「なにかあったらって・・・・・。ばか。・・・・つーさんの大ばかものっ」
しゃくりをあげて、日夏里は本格的に泣き出してしまった。そんな日夏里を次子は自分の方へ引き寄せて、軽くそっと抱き締めた。


「・・・・結局はこうなるんだよね;;」
と翔子。
「そうそう(^^;)」
同意する満実。
「つーさんたら、何回日夏里を泣かせたら気が済むのかしら」
腕組みをして、美しい顔をひそめているこのみ。
「このみ姫~;;」
翔子と満実の声が重なる。
こんな会話をしているが、3人の瞳にも涙がにじんでいた。

「・・・・・俺たち先に帰るからさ。ふたりによろしく伝えておいてくれないか」
声の方に振り向くと、佑介と栞が立っていた。
「落ち着いた頃にあらためてお見舞いに来させてもらうね」
にこりと栞が笑う。
「それじゃ・・・」とふたりが歩き出そうとしたところへ。
「あの・・・・」
翔子が声をかけた。
「?」
「・・・・その、ありがとう。・・・・つーさんを見つけてくれてさ」
佑介の瞳が見開いた。
「いや、橘さんと約束したしね」

「ほら、このみ姫」
満実がこのみをつつく。
「・・・・・馨さまの次に、あなたのこと認めるわ」
このみの口調はどこか悔しそうで、佑介は苦笑いだ。
「それは、光栄と受け取っていいのかな」
「もちろんよ」
ほんの少し赤い顔をして、このみはそっぽをむく。
「まったくふたりとも素直じゃないんだから;;」
満実は呆れ顔で翔子とこのみを見ていた。そして。
「・・・・・土御門さん、草壁さん本当にありがとう。もうふたりとも大丈夫だと思うから」
ぺこりと佑介と栞に頭を下げた。
「そうだね。・・・・・きっと、もう」
佑介は栞と顔を見合わせ、笑いあった。


「戻ってきたか、うちのバカ娘」
「おばさま」
このみたちの後ろに織依がいつの間にか立っていた。言ってる言葉はひどいが、織依の目は赤かった。
「手術、終わったんですね」
織依は子宮外妊娠で救急に担ぎ込まれた妊婦の手術に立ち会っていたのだ。
「無事に。親子ともども元気だよ。・・・・・みんな本当にありがとう。って、あの子は何してんの」
「日夏里を慰めてますわ」
平然と答えるこのみ。
「・・・・一番心配かけちゃったかな・・・・」
あの日まで毎日次子の元へ来ていた日夏里。日夏里の素直な明るさがきっと救いになっていた。

(そうか。あの子は、日夏里ちゃんと一緒にいられることを望むのか)

何か憑き物が取れたように穏やかな表情で日夏里に話しかけている次子を見て、織依は次子が選んだ道を悟った。

わが子が幸せになれるなら、それでいい。
織依はそう思った。

「さて。そろそろしょっぴいて、点滴受けさせないとね」
にっこりと織依は笑い、次子に声をかけた。



翔子らと一緒に帰るつもりでいた日夏里は、「久しぶりなんだから、まだいなよ」とみなに言われ、次子の病室に残っていた。
でも次子はかなり疲れていたので、30分もしたら帰ろうと思っていた。
また明日来ればいいのだから。

「もう二度とこんなことしちゃだめだよ」
いつものベッドサイドの椅子に座り、点滴を受けている次子に日夏里は言う。
「しないよ。約束する」
「・・・・ほんと?」
「本当」
そっと次子は笑う。

穏やかでやさしい空気が流れる。

「日夏里」
次子はある決意を秘めて、日夏里の名を呼ぶ。日夏里はただ次子を見ている。
「・・・・もしも。・・・・・もしも私が男だったら、なんて考えたことある?」
「つーさんが男の人だったら?・・・・そうだね、きっとすごく素敵だろうな」
首をかしげて一旦言葉を切り、そして。
「でもね、つーさんはつーさんだよ。男の人だろうが女の人だろうが関係ないの。あたしにとってはつーさんであればいいよ」
きっぱりと言い切り、そしてにこっと笑った。
「日夏里」
「つ、つーさん?!」
次子は点滴を受けていない左腕で、日夏里を抱き寄せた。それはさっきロビーで抱き寄せた時よりも強くだった。

次子の脳裏には佑介の言った言葉が蘇っていた。

「彼女は、俺が晴田さんのことをひとりの人間として好きなんだろ、と尋ねたら戸惑いもためらいもせず『大好き』って俺に言ったよ」

「橘さんには性別なんて関係ないんだな。・・・・ただ一途に晴田さんだけを想ってる」

(土御門さん、私に勇気をくれてありがとう)

日夏里はなかばパニック状態だ。真っ赤な顔をして次子を見ている。
「つーさ~ん;;」
そんな日夏里の様子がかわいくて、次子は日夏里のおでこにそっとキスをした。
「・・・・え」
呆然とする日夏里。次子はやさしく微笑んでいる。そして。
「いろいろありがとう。・・・・・日夏里が大好きだよ」
もう一度、ぎゅっと抱き締めた。
「・・・・そんな・・・。うそ、じゃないよね?・・・・・だって、まさか・・・・」
ふたたび日夏里の瞳に涙があふれる。
「・・・嘘じゃないよ。ずっと惹かれていたよ、日夏里に」
「!」
「だから、泣くより笑ってほしい。・・・・・もう、泣き顔は見たくないから」
次子は抱き締めていた腕をはずし、日夏里の涙をぬぐう。
「つーさんが、泣かせているんだもん。・・・・びっくりさせて。喜ばせて」
ぷっと日夏里は頬を膨らます。

「・・・・びっくりは、まだあるけどね」
「そうなの?」


ゆっくりと次子は話し出した。・・・・・本当の自分のことを。
日夏里は、やはり驚いたけれど、「つーさんはつーさんだよ」と言ってにっこり笑った。

これからの道程は平坦ではないが、日夏里がいてくれるのなら乗り越えられる。


ふたり一緒なら。きっと。
2009.04.03 / Top↑
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