「空に咲く花、光の雨」、最終話です。

つの字はやっと退院しますが、実はそれは・・・・。

つづきをよむからどうぞ。





「ごめん、待ったか?」
「ううん。あたしも来たばかりだよ」
警視庁での稽古帰りの佑介は、待ち合わせたコーヒーチェーンの店内に栞の姿を認め、真っ直ぐに栞の座るテーブルにやってきた。

最近の佑介は栞をひとりにさせておくのが実は不安だ。
栞は、姉の咲子のように華やかな美人ではないが、もともとが『可憐』という言葉が良く似合う美少女であり、さらに自分と「そういうこと」になってから、そこに『艶やかさ』が加わったように感じるからだ。
ふとした表情やしぐさにどきりとさせられることが多くなった。
初詣に行ったときも、飲み物を買って来るほんのわずかな時間離れた隙に、酔いの入った不埒な男に連れて行かれそうになったのだ。(もちろんすぐに気がついて、相手の男を追い払ったが)
今もじゅうぶんに、栞は店内の男性の視線を集めている。
佑介は、強い光を瞳にたたえて周囲を見据えた。
・・・・が、そんな佑介も店内の女性達から相当注目を集めていたことは知るよしもないようだ。

「佑くん、座って。アイスコーヒーでいいよね?あたし、買ってくるから」
と、向かいの席を示し、栞はトートバッグを持って立ち上がる。
「いいよ、栞。自分で買いに行くから」
立ち上がる腕を咄嗟に掴むが、栞はそれを静かにはずしてにこっと笑う。
「佑くんは今まで剣道の稽古してきたんだもの。だから待ってて」
そう言って注文を取るレジに行ってしまった。

こんな時、栞には敵わないと思う。けして強くは言わないが穏やかに言うがゆえ、素直に従ってしまうのだ。
(・・・・・惚れた弱みもあるかな;;)
思わず赤らむ顔を手で隠す佑介だった。

アイスコーヒーのほかに、「お腹もすいてるよね」とサンドウィッチものせたトレイを栞は佑介の前に置いた。
確かに激しく稽古してきた後なので少々空腹になっていた。
佑介は栞のそのような心遣いが嬉しく、「サンキュ」と一言言って栞に笑顔で応えた。栞もはにかんだ笑顔を見せた。

佑介は手早くサンドウィッチを片付け、アイスコーヒーを飲み干した。少々慌しいが、あまりゆっくりはしていられない。
栞がメールで連絡を取っていたからおおよその時間は確認できたようなのだが、彼女の性格を考えると、誰にも知らせず静かに退院してしまうだろうから。
トレイを返却口に返し、店を出た。

待ち合わせたコーヒーチェーン店は駅構内にあったものだ。
ここは官公庁街ということもあって、飲食店はそのほとんどが官公庁の建物の中にあり、しかも土曜日は官公庁は休みなのでそれゆえのことだった。

ここから地下鉄で目的地に行くことも出来たが、地図で検索してみれば、徒歩でも10分とかからない距離でもあるし、佑介と栞はそちらを選択した。
地下鉄の出口から地上へ出て、大通り沿いを真っ直ぐに歩く。

外は初夏を思わせるような気候だ。
華やかに咲き誇った染井吉野はその花びらを散らせて、若々しい緑色の葉を繁らせはじめていた。
今咲いているのは、たわわな姿でぽってりと枝にその姿を見せている濃淡様々な八重桜や、薄紫のライラックの花などだった。

車道側を佑介が歩く。当たり前のように。栞がそちら側になっても、いつの間にか内側になっていた。


「・・・・橘さんのメールね、“ごめんなさい”って、謝ってばかりだったの」
都から栞のメールアドレスを教えてもらった日夏里は、すぐにメールを栞に送ったのだ。
栞はメールのくわしい内容をまだ佑介には言ってなかった。
「彼女が悪いわけじゃないし、そもそも謝るようなことはなかったと思うけどな」
日夏里に会いたいと言ったのもこちらからだし、次子が病院から抜け出しその次子を探すのを自分ひとりで・・・と言い出したのも佑介なのだから。
「・・・・あたしに心細い思いをさせちゃったって」
ぽつりと栞が言う。
「都ちゃんが来られなくて。で、一緒にいた町川さんはあの通りだったし。それで佑くんが晴田さんを探しに行ったから、あたしがひとりになるのわかっていたのにって」
「・・・・・・」
佑介は黙って聞いている。
「・・・・わかっていたけど、晴田さんを探して欲しかったから。佑くんなら絶対探し出せるだろうから、だから“ごめんなさい”って謝ってたの」
次子が病院から抜け出してしまって不安な気持ちに押しつぶされそうになっていただろうに、自分達から離れてぽつんとひとり座っていた栞を日夏里はずっと気遣っていた。その日夏里の気持ちは栞に十分伝わっていたのだが、日夏里は栞にすまなく思っているのだ。
「・・・・そうか・・・・」
次子を連れて病院のロビーに入ったとき、ひとり離れてたたずむ栞がすぐ目に入った。心細げな様子に真っ先に抱き締めたいと思ったが、まずは次子を日夏里たちのもとへ引き渡さないといけないから、その気持ちを押しとどめた。
それゆえに、早々に病院を後にしたのだ。
栞を安心させたかったから。
「それとね」
と、少し栞は言いよどむ。
ちょうど交差点の赤信号に当たったので、立ち止まった佑介は栞の顔を覗き込んだ。
「言いづらいことなら言わなくてもいいぞ」
やさしい瞳で見つめられ、栞はどきっとする。
いつもいつも自分の気持ちを最優先してくれる佑介。
栞はあわてて手を振り。
「ううん。そんなことないよ。ありがと、佑くん」
にこっと笑い返す。

信号が青に変わり、ふたりはまた歩き出す。佑介は栞の速度にあわせ、ゆっくりと歩を進める。

「その、あとはね。佑くんに対して甘えてたから、あたしがいやな思いをしてなかったかって。・・・・・全然そんなことなかったんだけど」
栞が言い辛かったのに合点がいった。なので。
「俺も甘えられてるとは思ってなかったよ。むしろひとりでがんばってて痛々しかったくらいだしな」
そう、佑介は言う。続けて。
「それに、そもそも彼女は俺のことを異性として意識していなかったし。もちろん、晴田さんという想い人がいるんだから当然なんだけど。・・・・というか、彼女の友達はみんなそうだよな」
と、それぞれの自分に対する言葉や態度を思い出して佑介は苦笑する。
「都ちゃんがね、橘さんにはお兄さんがふたりいて、すごく大事にされているから、独特な『妹気質』みたいなのがあるって言ってたの。姉がいる妹とは違うね」
栞も都も姉がいる『妹』の立場だが、日夏里とはどこかが違うというのはじゅうぶんに感じていた。
「ああ、そうかもな。言いたいことはわかるよ。同い年なのに、なんというか芙美ちゃんとダブってさ。・・・・大きな瞳で真っ直ぐこちらを見るところも似てて」
「雰囲気も似てるよね」
そう、佑介の日夏里に対する態度は、姪の芙美に対するのとなんら変わらないのだ。だから栞は、日夏里が佑介と親しくしていてもいやな気持ちにならなかったのだろう。
日夏里の真っ直ぐな天真爛漫さと相手の気持ちに聡い面。それらが苦手な人たちもいるだろうが、栞には好ましかった。
だから少しでも力になってあげたいと思ったのだ。
「さ、着いたみたいだぞ。・・・・・まだ出てきてないようだし、あの辺りで待つか」
佑介は、玄関前に日夏里の姿が見えたのでまだ次子が出てきていないと判断し、そう言ってもっと手前の植え込みを指差したのだった。



担当だった医師やナース・ステーションに挨拶をして、次子はエレベーターに乗り込んだ。
2ヶ月近くの入院生活がひとまず終わりをつげた。

このエレベーターも何回乗っただろうか。
本来は病室での絶対安静で(入院当初はベッド上の安静だった)、よほどのことがない限り病室からでてはいけなかったのだが、点滴の回数が減り入院も長引くと、次子は病室を抜け出して屋上庭園に写真を撮りに行ったり、日夏里がお見舞いに来て帰る時は必ず1階のロビーまでついていくようになった。
看護士達も、そのあたりはもう目をつぶってくれていた。
だから自分が抜け出した時も気がつかれなかったのかもしれなかった。


・・・・なにもかもがいやになって、逃げ出したくなって。
そして本当に逃げ出してしまった。
どれだけの人に心配かけるかなどと考えも及ばずに。
あんな衝動的に行動したのは、多分生まれて初めてのことだったと今更ながらに思う。

でも、逃げ出したって何も解決しやしなかった。
ひたすら堂々巡りの考えにとらわれて、暗い感情に引きづられていた。
からだも思うように動かなくて。

あの時佑介が現れなかったら。
片手で数えても指が余るくらいの回数しか会っていない自分に、彼が『過去』を話してくれなければ、きっと前を向くことは出来なかったと思う。

彼から勇気をもらった。
ここから1歩踏み出すための、終わりではなく始まりのための『勇気』。
それはこの先どんな困難が待ち受けていても、それらを乗り越えるために必要な、とても大事で大切なものだ。

そして、天高く空高く咲いていた『光る花』。

一生手にすることは出来ないと思っていたその花が、今はこの胸の中にある。
・・・・かたわらにも。


「挨拶、終わった?」
「・・・日夏里」
正面玄関の自動ドアを通り抜け、一息つけば、いつの間にやら日夏里が立っていた。
「わざわざ来なくてもよかったのに」
「“わざわざ”じゃないよ。あたしが来たかったから勝手に来たんだよ」
そう言って、にっこりと笑う。名前の通りの夏のひまわりのように。
次子はまぶしげに目を細め、そしてつられた様に微笑んだ。
「・・・・ありがとう」
「やだな、お礼なんていらないよ」
やさしい次子の笑みに日夏里の心臓が跳ね上がる。

(・・・・つーさんの笑顔なんて、見慣れてる筈なのに。なんでこんなどきどきするんだろ)

けして報われない想いだと思っていた。
そばにいられる間だけ甘えさせてもらえればいいと、そう思っていた。

それが、次子も自分のことを想ってくれていたというのだ。
驚きと嬉しさと、例えようのない幸福感。
もう、それだけでじゅうぶんだと思った。

だがそのあと次子は自分にだけ、教えてくれた。
真実(ほんとう)のことを。
・・・・・日夏里にとっては、ただ『次子』であればいい。
次子がそれを受け入れてあらたな未来を掴み取ろうというのなら、自分はそばで励まし見守るだけだなのだ。

とはいえ、この跳ね上がる心臓をどうしたらいいのだろう。
日夏里は、自分がもう一度次子に『恋』してしまったことに気がついていないようだった。

「あ、あのね。えっと、はい、これ」
笑顔のままじっと見られていて、さらにどぎまぎする日夏里。手にしていた紙袋をえいっとばかりに次子に押し付けた。
「・・・・・?」
押し付けられた次子は訝しげだ。
「その、遅くなっちゃったけど、誕生日のプレゼントだから。あの日はみんなからだったでしょ?これはあたしからの」
「日夏里・・・、いいのに」
「よくないの。返品不可だよ!」
そう言って、ぷいっと背をむける。

あの日。
次子の誕生日当日は、翔子たちもやって来てみなで病室でだが、ささやかながらお祝いをしたのだ。日夏里の言うように、「みんなから」とプレゼントもあげたのだった。

「つ、つーさん;;」
背中がほんわかと暖かくなった。
「ありがとう、日夏里」
次子が後ろに立ち、ふわりとその腕を日夏里の首の辺りにまわしていた。
「・・・・・気に入ってもらえるかわからないけど;;」
日夏里の顔は赤く染まっていた。
どこに視線をもっていったらいいのかわからず、あちこち彷徨わせてしまう。
「あ/////;;」
日夏里の視力1.5。
玄関前ロータリーの先の植え込みの辺りの立つ、佑介と栞の姿をしっかりと確認してしまった。


「お邪魔だったかな」
目が合わなければ、佑介はそ知らぬふりをしているつもりだった。
しばらくすればこちらに来るだろうと思ったから。
だが、ばっちり日夏里と目が合ってしまっては、そういうわけにはいかなかった。
「////;;」
「あの日と反対だ」
真っ赤な顔をしている日夏里にそう言ってくすりと笑う佑介。
『あの日』とは学園祭の時のこと。
あの時はまさか自分がこんなにもこのふたりに関わることになろうとは思ってもいなかった。
・・・・それは、日夏里も次子も同じ思いだろうけども。

「・・・・ふたりとも、何故ここに?」
それまで無言だった次子が口を開く。
今日が退院する日だと教えた覚えはないのだから、当然の疑問であろう。
「もちろん、晴田さんの退院のお祝いに。それとゆっくり話がしたかったしね」
佑介がさらりと答える。
「お祝いって、そんな別に・・・・・」

正確には「転院」なのだ。
体力回復と並行して本来の「性」に戻るための治療も行うのである。父親の譲の恩師が関西におり、すべてを引き受けてくれることになっていた。
だが、このことは佑介たちには言えない。
知っているのは家族と日夏里と、そして翠嵐の理事長のみだ。

女子校である翠嵐には当然もう通うことは出来ないので「退学届」を出そうとしたのだが、事情をすべてきいた上で理事長は「休学届」の方がいいと判断した。
それは、次子があらたな自分として違う学校へと通えるようになるまでには多分2、3ヶ月はかかるであろうし、そうなると通学するまでの期間が空いてしまう。退学したとなると転校先の学校にあまりいい印象は与えないと思える。
そもそも、実際に治療のため入院するのだからこの方がいいだろうというのだ。
そして、転校先には翠嵐からの編入ではなく、理事長が他に経営している私立の共学校からという形をとってくれることにもなり、次子の両親・譲と織依は深く理事長に感謝したのだ。

佑介に「お祝い」と言われ、正直戸惑うばかりの次子だ。
が、隣の日夏里を見ればどこかばつの悪そうな表情をしていた。
「日夏里?」
「あのね、あたしが退院の日教えたの。ごめんなさい」
「謝ることはないけど、一言言っておいてほしかったかな」
溜息、ひとつ。

佑介と栞が来るとわかっていたら、あそこで日夏里を抱き締めたりしなかった。
自分の気持ちを素直に認め、日夏里の想いを受け入れて以来、どうにも自制が効かない。
誕生日の時も、翔子たちがいるのをすっかり忘れて日夏里に頬ではあるがキスをしてしまった。なので、病室に戻ってからさんざんからかわれた。
・・・・まだ自分は『中途半端』なのだ。
いくら日夏里が受け留めてくれてはいても、今の状態で感情のまま動いてはいけなかった。

「こちらから聞き出したことだからさ。悪い。押しかけて」
なんとなく次子の気持ちが察せられ、佑介も謝る。
「そんなことは・・・・」
どう言うべきか、上手い言葉が見つからない。基本的に人付き合いは苦手なのだ。
そんな次子を見て。
「えと、あの。・・・・お茶しよう!」
日夏里は唐突に宣言した。
2009.04.22 / Top↑
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