日夏里のもうひとりの兄・七にーちゃんの登場です。
話は思いがけない方向に転がって・・・・?

つづきをよむからどうぞ。
玄関の鍵を開けるカシャッという音がし、その後に、どさっと何か大きなものを置く音と「くそっ。靴が上手く脱げねえ」といういささか乱暴な口調の声が聴こえてきた。
何事だと栞や佑介らは、ヒメたち・・・橘家の猫と遊んでいる手を止めて、リビングの扉のあたりに視線を向ける。
(もしかして二番目のお兄さんかな)
そう思って佑介が日夏里に視線を向けると、日夏里は苦笑いを浮べた。
(やっぱり;;)
佑介はそっと溜息をつく。
そして・・・・・。

「ひーがオトコ連れてきたってほんとか!!」
ばたんっと思い切りよく、リビングの扉が開かれた。
「七にーちゃん;;」
そこに立っていたのは、予想通り日夏里の二番目の兄・七星(ななお)だった。
上の兄雪也と同じ長身だが、からだつきは七星の方ががっしりとしていた。
きりっとした眉に涼しげな目元。すっと通った鼻筋に引き締まった口元の、雪也とはまた違ったタイプの「イケメン」である。

(あ!・・・・・「橘」って、そうだった)
七星の姿を認め、航の瞳が見開いた。
そんな航の様子を見て佑介は、航を誘った時のことを思い出した。
やはり知り合いのようである。
航は、「剣道」で「たちばな」に引っかかっていたのだ。

すこーんと小気味のいい音がした。
「いたっ。いきなりなんなんだよ」
七星が振り向けば、いつの間にか二階から降りてきていたすみれが立っている。
「おふくろ;;」
頭ひとつ分以上背が高い息子の七星を、腕を組んで見上げているすみれだ。
「いきなりなんなんだじゃないでしょ。お客さまが来ているのがわかっていて、その言い草はなに?」
じろりと睨む。
「いや、だっておふくろ。ひーの・・・・」
「男の子がだってなんて言葉使わないの。・・・・お母さんのお客さまが来てるのよ?」
「う;;」
すみれの客とわかって、七星は一瞬怯む。
「わかったのなら、ちゃんと礼をつくして挨拶しなさい」
穏やかな口調ではあったが、いっさいの反論を許さない迫力が漂っていた。


「・・・・お騒がせして申し訳ない。日夏里の兄の七星です」
すみれに逆らうことの無謀さを骨身に染みてわかっている七星は、観念してぺこりと頭を下げた。
「七星さん」
おそるおそるといった感じでかかった声に、下げた頭を上げた七星は視線をむけ。
「航!なんでおまえがウチにいるんだ?!・・・・いてーっっ」
七星は腕をおさえる。
「まったくもう。挨拶もろくに出来ないなんて、お母さん恥ずかしいわ」
隣に立っているすみれが思いっきり抓ったのだった。
「勘弁してくれよ、おふくろ」
平然としている母親を恨みがましく見下ろす七星。
「わたしのお客さまなんだから、わたしが招待したに決まってるでしょう?そんなこともわからないなんて、本当に仕様のない剣道バカね」
すみれの言葉はまったくもって容赦がない。佑介や航たちはこの日何度目かわからない苦笑いのまま、ふたりのやり取りを見ていた。

「お母さん、その辺にしておいてあげなよ。・・・・七にーちゃん、知り合いの千葉さんがいるとは思わなかったんだから」
と言って、にっこりと航を見る日夏里。
「やっぱり知ってる人だったんだな」
航の様子から、佑介はそれともう察してはいたけれど。
「うん。部活の顧問の----里見先生の大学の後輩なんだよね、七星さんは。で、月に2~3回くらいなんだけど稽古をつけに来てくれているんだよ」
「だから誘った時に、『剣道』で『たちばな』に聞き覚えがあるって・・・・」
「そう。でも里見先生も僕らも、いつも“七星さん”って呼んでるから苗字の方で言われてもすぐにぴんとこなくてさ」
バツが悪そうに佑介と七星を交互に見る航。航のそんな様子に七星は。
「・・・・・もしかして。航がいつも話してる道場仲間の佑介って、おまえのことか」
佑介に視線をぴたっと合わせ、言う。
「航がどんな風に話しているかはわかりませんが、同じ道場でずっと一緒に稽古をしている“佑介”は俺しかいません」
七星の視線を受け止め、佑介はさらりと答えた。
「こんな男前のやつとは聞いてなかったぞ」
にっと七星は笑う。照りつける太陽のような笑顔だ。
「・・・で、滅法腕が立つって言うんだよな、航は。しかも上段を得意とするとか。・・・・一度手合わせしてみたいもんだ」
すっと七星の目が細められる。獲物を見つけた猛禽類のような瞳。

「七星さんの悪い癖が出た;;」
航がぽつりと呟く。
実力のある(ありそうな)人物をみつけると、すぐに勝負したがるのだ。
母親のすみれもよくぼやくが、七星の先輩で航の顧問の里見も、七星を「とことん剣道バカ」と評しているくらいだ。
「航ちゃん・・・・」
七海はそっと航の手を握った。そして隣の栞を見れば、真っ向から七星の鋭い視線を受け止めている佑介を見つめていた。

真夏の太陽のような存在感を醸し出している七星。
すみれがなにか口を挟むのではないかと七海は思っていた。だが、すみれは微笑を浮かべながらふたりのやりとりを眺めているし、隣の日夏里も、雪也の時とは違ってことの成り行きをどこか楽しんでいるように感じられた。
(すみれおばさまも橘さんも・・・・;;)
ふたりの性格はよくわかっている七海だけれど、なんだか佑介に同情したくなっていた。

(ハンパじゃないねえ、こいつは。随分と肝の据わっているやつだ)
まったく視線を逸らさない佑介に、七星は嬉しくてたまらない。
「航」
「はい」
「今度おまえが稽古している道場へ行かせてもらうぞ」
「え?」
「道場破りとまではいかないが、ま、果たし状くらいは持っていくか」
「果たし状って、七星さん;;」
一方的にどんどん決めていく七星に航は困ってしまった。
そもそも師匠である真穂に断りもせず、勝手にそのようなことをしていいのかどうか。それに当事者である佑介はどう思っているのだろう。
「・・・・航を困らせないでください。それに、俺はまだその勝負に応じるとは言ってませんよ?」
「佑介・・・・」
静かに佑介が口を開いた。
「・・・・・それは、俺と立ち合うのがこわいからか」
「まさか」
即答する佑介だ。
航に稽古をつけてくれているほどの腕の持ち主であろうと、佑介にとっては怖い相手などではないのだ。
七星は、佑介を見据えていた瞳を見開き、そして。
「気に入ったぜ、おまえ!うちの大学に絶対来い」
破顔一笑後、佑介に近寄り、頭をくしゃくしゃと撫で回した。
「・・・・・;;」
佑介は七星の反応についていけない。
「まだ進路なんて決めてないよな?おまえなら、絶対うちに入れるから。・・・・あ、航もだぞ」
「・・・・僕は東大に行くって、いつも言ってるじゃないですか」
憮然として答える航。

「あら。航くんはとっても賢いのね。うちのとは大違いだわ」
さりげなく口を挟むすみれだ。
「千葉さんは、桜谷だもん。七にーちゃんと同じとこじゃもったいないよ」
「・・・おにいさんは、どこの大学なの?」
苦笑しながら尋ねる栞。
「国士舘。七にーちゃんは、剣道の強い大学にしか興味なかったから」
「そうなんだ。おにいさんは、本当に剣道が大好きなんだね」
「なのかなあ;;」
剣道が好きというより愛してるのではないかとさえ日夏里は思った。

「東大なんて、剣道弱いじゃねーか。おまえの腕が鈍る」
「僕が強くしてみせますよ。それと、道場の方には佑介もいるし『警視庁の鬼姫』と呼ばれた師匠がいるんですから大丈夫です」
航は実に素っ気ない。
「お。『警視庁の鬼姫』のことは俺も知ってるぞ。道場の師匠が同期で、すっごく強くて美人だって聞いてる」
その『警視庁の鬼姫』の娘が、今ここに座っている自分の彼女だとは言わない方がいいだろうと、七星の口ぶりから佑介は思う。
「とにかく、俺は七星さんのとこには行きません。もちろん、佑介もです」
そう言って佑介を見る航。七星は不満顔だ。
「つれないねえ。・・・・じゃ、やっぱり勝負しに行くしかないぜ」
「なんでそうなるんですか」
「俺が勝ったら、うちに来てもらうために決まってるだろ?」
「勝手に決めないでくださいよ;;」
インターハイベスト4の航ですら、七星からは1本取るのがやっとだ。
もちろん佑介の方が自分より実力は上だと思っているし、勝負したところで負けはしないだろう。
だが、佑介には佑介なりの進路を考えている筈である。勝手に決められては困るのだ。


航&佑・レディ


「・・・・わかりました。勝負しますよ」
静かな口調で佑介が言った。
「佑介?!」
「そう来なくちゃな」
驚く航とにこやかな七星。
「佑介いいのか?こんなのただの七星さんの我儘なんだし、付き合うことないよ」
「いいさ。売られた喧嘩は買わないとだろ」
「喧嘩って・・・・・。僕のことなら気にしなくていいからさ」
困っている自分を助けるために勝負を受けるのであれば、やめて欲しかった。七星の勝手な言い分などきかなければいいことだから。
そんな航の考えが伝わったのか、申し訳なさそうな表情の航に、佑介はにこっと笑い。
「そんなんじゃないから。航こそ気にするなよ」
ぽんぽんと航の肩をかるくたたく。そして七星に真っ直ぐな瞳を向けた。
「-----勝負は受けますが、結果についての如何は無しですから」
自分の進むべき道は、自分で決める。
様々な選択の上、七星の在学する大学を選ぶかもしれないが、他人に決められたくはない。
佑介の強い意志を感じ、七星はただ一言。
「・・・・了解だ」
とだけ言った。

「・・・・・結局のところ、うちの七だけじゃなくて佑介くんも航くんも『剣道バカ』なのね」
事の成り行きを静観していたすみれは、そんなことをさらりと言う。
佑介と航は顔を見合わせて。
「そうかもな」
「否定はしないね」
そして互いに笑う。
日夏里や栞、七海にも笑みが浮ぶ。
「じゃ、話の決着もついたことだし、おやつにしましょうか。今度は日本茶でね」
にっこりと笑うすみれだった。

2009.09.06
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