出張が入ってしまい、佑介くんの関東大会の応援に行かれなかったこーさん。
帰国後、咲子が撮影してくれたビデオでその勇姿を見ることになりました。

少しばかり拗ねてしまっているこーさんですが、果たして(^^;)

つづきをよむからどうぞ。


あ、ラストの方が、ほんのちょっぴり「あだるとていすと」でございます(爆)
ま、いつものうちの「R」からみたら、全然かわいいもんですけど(大爆)

端折った「R」な部分は、ま、そのうち>おい;;

騒がしい「シルバー・ウィーク」も終わった頃。
予定外の出張からやっと帰国した絋次は、無理を言った上司から一日休みを奪い取った。ゆっくり休みたかったし、咲子が佑介の関東大会での勇姿を撮影しておいてくれたビデオを見たかったのもあるからだ。

祖父母の史隆とやち代そして娘の芙美は、鎌倉に住む史隆の弟の史顕のところへ遊びに行っていた。
芙美は弓道をしている佑介はお気に召さないらしく、「ふーちゃんのゆうちゃんは、けんどおなの」と主張した。
そんな芙美を家に居させても・・・・と連れ出したのだ。大叔父の史顕も人懐こくて明るく元気な芙美をとても気に入っていた。

やち代らが出掛け、咲子がもろもろの片づけを済ませたあとに、ふたりでみることにした。
一階の居間にあるビデオデッキの調子が悪いので、絋次のノートパソコンでの再生となった。

「・・・・自分はちゃっかり審判になんかになってるんだから、腹が立つ」
「こーさんたら」
ぶつぶつと文句を言いながら、USBケーブルを接続している絋次。咲子は、そんな絋次に苦笑を浮かべ、テーブルの上のノートパソコンの横に、絋次の好みのモカのブラックコーヒーと自分用のカフェ・オレを置き、隣に座った。
「そもそも俺が行く筈じゃなかったんだから」
マグカップを掴み、香りを味わいながら一口すすった。


今回の出張ほど忌々しいものはなかった。

気持ちのうえではすっかり『弟』と思っている佑介が、弓道で関東大会の個人選抜に出場することになったと咲子から聞き、何はともあれ応援しに行こうと絋次は決めていたのだ。
ところが、その関東大会が二日後にせまった日の朝、上司である都竹からにっこり笑顔で「オーストラリアの現場に行って来てほしいんですよね」と告げられたのだった。
だが現場にはすでに二年下の後輩が行っていた。
なので、自分がいく必要はない筈だと都竹に言えば、どうしても絋次でないと困るとあちらからヘルプ・コールが来たのだという。
そうはいっても、自分が行かなくてもなんとか出来なければ、いつまでたっても下は育たない。
そんな風に抵抗はし、いろいろ手は打ってみたのだが。

どうやらその後輩は、いつも絋次の会社の製品や鋼材などを輸送してくれている貨物船の船長・・・・「キャプテン・ジェラルド」の機嫌を損ねたというのだ。
キャプテン・ジェラルドは40半ばの陽気な海の男だ。おおらかでめったなことで機嫌を損ねたりはしない。
そんな彼を不機嫌にさせたのは、この後輩がジェラルドを「イギリス人」扱いしたからだ。
ジェラルドは「スコティッシュ」・・・・・スコットランド人なのだ。けしてイギリス人ではない。
スコットランドは、「イングランド(イギリス)」・「ウェールズ」・「北アイルランド」と他数国が合わさった連合国・・・・「U・K(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)」(英国)の一部であって、「英国」の「国民」ではあるけれど「イギリス人」ではないのだ。
歴史的な背景を考えればもっとよくわかり、このことが誇り高いスコティッシュのジェラルドのプライドをえらく傷つけたのだ。

「郷に入れば郷に従え」。
絋次は入社して海外営業に配属された時、この言葉をしっかりと胸に刻みつけた。
取引先には様々な国がある。様々な人種とも接する。
だからその国や人種の文化であり宗教であり習慣であり歴史的な背景をおろそかにしてはいけないのだ。

そのような考えを持ち英語もしっかりと話せる絋次なので、ジェラルドは絋次を気に入っていた。
もちろん絋次を気に入ってるのは彼だけではないのだが。

ジェラルドは絋次が来た時点で機嫌を直していたのだが、また自分は船旅に出てしまい次にいつ会えるかわからないからと、連日船上に誘い、他のクルー達とともに浴びるようにスコッチ・ウィスキーで飲み交わした。彼らは水のようにウィスキーを飲むのだ。
日本では手に入らない美味いウィスキーを飲むことが出来たが、さすがにしばらくは飲みたくないと思うほどになった。

ゆえに、2,3日で帰国するつもりが結局2週間ほども足止めをくらい----他にも片付けなければならないことが山ほどあった----なんとか帰国の途につけば、にこやかな上司の笑顔と佑介が関東大会初出場で初優勝したという事実をつきつけられ、絋次はすっかりへそを曲げてしまったのだった。


「それだけ頼りにされているってことでしょう?」
拗ねてしまっている夫の機嫌を直すのは、なかなか難しいのだ。
「いいように使われているだけだ。都竹さんの思惑通りにな。・・・・・それにジェラルドもジェラルドなんだ。よくよく話を聞けば、俺が来なかったからちょっと後輩のヤツをいじめてやった、なんてふざけたことをぬかしやがった。まったくあのスコティッシュは・・・・・」
吐き捨てるように言う絋次。よほど腹に据えかねているようだ。
「ほら、こーさん。佑介くんの番よ。決勝までずっと皆中だったんだから」
もうほんの少し夫の方に寄り添って、画面に注意を向けさせる咲子。
「・・・・佑介なら当然だろう。そうでなければ優勝なんて出来ないさ」
画面を見つつ、淡々と絋次は言う。
「それはそうだけど・・・・」
「佑介の射にはまったく気負いがないし、当ててやろうとかいう気持ちもないからな。会から離れに時にぶれさえしなければ、はずれはしない」
「・・・・・」
思わず絋次の顔をまじまじと見てしまう咲子。
(2回しか一緒に射てないのによく見てるのね。・・・・やっぱり佑介くんと一緒にやりたいのかしら)
佑介の「弓道」に、絋次ほどの関心は咲子にはない。
咲子自身、7年は弓道を習っていたのにもかかわらず、佑介に対して「弓道」の方の視点で見たことがあまりないのだ。どうしたって「剣道」の方の目で見てしまう。
「なんだ?」
「ん、よく見てるんだなって思って」
咲子の視線に気がつき、画面から隣の妻の顔を見た絋次に、咲子は答える。
「それはまあ、一緒に射たしな。・・・・・ただ、お義母さんやおまえにしてみれば佑介に弓道の方には行かれたくないだろうけど」
佑介の剣道の師匠で咲子や栞の母の真穂は、確かに佑介の優勝を聞かされたときほんのわずか複雑な表情をしたのは確かだ。
もちろん、「おめでとう」というお祝いの言葉を稽古に来た佑介にはかけたが。
「でも、そんな心配は無用だと思うぞ。佑介が部活で弓道をやっているのは、剣道はあそこで(尚壽館)いつでも出来るからだろうしな」
ふたたび画面に視線を移せば、今は決勝での佑介の姿が映っている。初出場とは思えない落ち着きぶりだ。
決勝戦に臨む選手達を紹介するアナウンスが流れ、そして大前の選手から順番に立ち上がり射て行くのだ。佑介はまったく気負うことなく自然体で矢を射ていた。
「・・・・・佑介くんの後ろの選手も上手かったのよ。確か3位に入った筈」
「この彼は昨年の区民大会に、佑介の応援に来ていたぞ。確か。弓道での友人だったんだな」
「あ、そういえばそうね。・・・・・あら。ふたり並ぶとすごいわね。思いっきり『目の保養』・・・・・・・!」
画面を見ながら、佑介とその後ろの選手・・・・それは東都学院の高野龍なのだが・・・に微笑みかけた咲子を、ぐいっと己の方に引き寄せ、強引に絋次は口唇を奪った。
「・・・ん・・・・。・・・・っ・・・」
口を開かせ舌を絡めとり、存分に咲子を味わう。

「・・・・俺以外で目の保養なんかしなくていい」
「・・・・もう何言ってるの;;」
「おまえはビデオ見るな」
そう言って咲子を抱き込んでしまった。
「こーさんたら;;」
抵抗を試みてはみるがしょせん力で叶う筈もなく、咲子は仕方ないとそっと溜息をひとつついてそのまま絋次の胸にからだを預けた。


わあっという歓声が聴こえる。佑介の優勝が決まった瞬間だ。
その後の表彰式は見なくてもいいだろうと絋次は咲子を抱きながら片手で器用にテーブルの上のビデオの電源を落とし、ノートパソコンの再生画面も消すと主電源も落として閉じた。
「“無”だな。ただ、その一射を射るのみ。・・・・たいした精神力だ、佑介は」
一息ついて、そう絋次が呟けば。
「あなただってそうだったでしょ。この大会は連覇してたし、インターハイだって連続出場してたじゃない」
絋次の腕の中から顔を上げて、咲子が言う。
「・・・・佑介は弓道を始めてわずか一年半じゃないか。それで個人選抜で優勝するんだから俺とは違う」
「そんなことないわ」
「咲子?」
咲子の強い瞳に見つめられ、絋次は戸惑う。
「あなたの実力はずっと見てきたわたしよ。インカレ制覇は伊達じゃない」
咲子は瞳をいったん閉じ、それからゆっくりと開いて。
「わたしは、・・・・わたしはあなたの射る姿にとらわれたの。あなたがいなかったら弓道はやっていなかったのよ?」
「!」
はっきりと咲子は告げた。
以前告白した時は絋次のことだと最後まで言わなかったのに。
「だから、またその姿をわたしに見せて。・・・・ずっと、わたしに。凛とした、あなたの射る姿を」
ほんのりと頬を朱に染めて微笑む咲子。
「咲子、俺は・・・・」
そっと咲子は絋次の両頬に手を添え。
「・・・・やち代さんに言われたんでしょう?もう弓道への想いを閉じ込めなくてもいいって」
絋次の瞳が見開いた。


今年の初めに、佑介と一緒に都竹の前で弓を射てから、絋次はその後も度々都竹の誘いを受け、門前仲町の弓道場へ行く機会が多くなっていた。
これまでは、どんなに都竹が誘おうと断っていたのに。
そんな絋次にやち代が。
「絋次。もう自由にやっていいんだよ」
「やち代さん?」
「あたしらに遠慮することはないんだ。好きなことを好きにやればいいさね」
「やち代さん、なに言って・・・・」
困惑する絋次にやち代はにっこりと笑う。
「自分の気持ちを閉じ込めるんじゃあないよ。・・・・好きなことを我慢するなんて、おまえさんらしくもない」
「!」
「いいね。もう好きにするんだよ」

・・・・・本当は高校でやめるつもりだった。
神事で弓を射る役目が出来るのは18歳までだったから。
だが、やめられなかった。
「インターハイのタイトルを取れなかったから」などという理由をつけて、大学でも続けた。
やち代たちに必要以上の負担をかけたくなかったのに。
・・・・大学だって、行くつもりはなかったのに。
すべて自分の我儘で。
だから、インカレを制した時点ですっぱりと弓道から縁を切ったのだ。

封印した思い。
佑介に問われた時、答えられなかったこと。
それらをもう解放していいというのだ。


「・・・・あなたは頂点(うえ)に立てる人よ。わたしにはわかるわ」
「咲子・・・・」
「もう一度そこに、ううん、何度でも・・・・」
そして絋次にくちづけた。



脱ぎ散らかされた服や下着が床に散らばっている。
まだ日の光が差し込む時間であったが、離れていた二週間を埋めるように、ソファの上で絋次と咲子は愛を交わしあった。
今はふたり、官能の熱を覚ましながら、ブランケットにくるまり抱きあっていた。

「・・・・・佑介くんの実力があるのはわかっていたけど、優勝するとはさすがに思ってなかったわ」
絋次のたくましい胸に頬を寄せている咲子が、ぽつりとつぶやく。絋次はゆったりと咲子のしなやかなからだを撫でていた。
「都竹さんに目をつけられたくらいなんだから、それだけのものは当然持っていたさ」
「あなたのように?」
「ああ」
「あら、しょってるわね」
くすくすと咲子は笑う。絋次も目を細め笑った。

「また、やれるなんてな。あの時は、もう二度とこの手で弓を射ることはないだろうと思っていたのに」
そう言って、己の右手を見つめる。


インカレでの決勝戦。会場内の空気は、ぴんと張り詰めていて。
射詰ゆえ、はずれれば容赦なく落とされていった。

最後にふたり残り。
相手が先にはずした。
自分もはずせば、もう一度互いに射ることになる。当たれば、勝ちだ。
だが、「当てよう」などと思えば、矢は的に当たらない。

------『葉の先に溜まった雨の露がぽたりと滴るように』
自然に、自分自身の気持ちを強く持ち気力を充実させて、矢を射るのだ。
この一射にかけるのみ。

放たれた矢は、吸い込まれるように的に当たり。
その瞬間、すべてが終わった。
もう二度と、弓は持たない。
・・・・・喜びよりも、寂寥感が募っていた。


「・・・・あなたは少し休息をとっていただけ。誰の為ではなく、自分の為だけに弓道をやるために」
その絋次の右手にそっと手を添え、咲子は微笑む。
「見てるから、あなたを。・・・・ずっと」
「咲子・・・・」
絋次は、想いを込めて咲子をぎゅっと抱き締めた。



閉じ込めた想いを解放し、もう一度この手に。
誰のためでもなく、己のために。

矢は放たれた。
2009.10.02 / Top↑
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