今回は更新が早いです。
何故かというと、2話目より先に書きあがっていたから。
それだけ難産だったんです、2話目は。

世間は夏休みに入ってしまいました。
翠嵐メンバーズたちにも目をむけてあげたいんですが、これが終らないとちと無理ですね。
あと2回くらいで終るかな。

と、いいつつ明日はインターミッション。
咲子とこーさんのらぶらぶ話です。



結果は2-1で、直哉が勝ちをおさめた。

「佑介くん、本当に腕をあげたね」
「とんでもないですよ。・・・・・あの一本だってどうやって取ったか、やっぱり覚えてないんですから」
お互いに小手をはずし、面も取る。
直哉はもういつもの直哉だった。
あの上段に構えたときの、体中から炎が吹き上がらんばかりの気迫と鋭い目つきが嘘のように穏やかだ。
上段に構えていたのだから当然胴はがら空きで、打ち込もうと思えばいつでも打ち込めたはずなのに、それが全く出来なかった。

(あれが本当のおじさんなのかな・・・・・)

ふと佑介はそんなことを思う。
常に穏やかで悠然としている直哉だが、うちに秘めたるものは途轍もなく熱いのではないかと。
剣道のスタイルから言えば、師匠の真穂の方がずっと攻撃的だった。
すらりとした瓜実顔の日本美人で、日常は着物を着てすごし、とても剣道をたしなんでいる風情は感じられないが、外見からは想像もつかないような激しく鋭い攻めをするのだ。
現役時代は、「鬼姫」と周囲の者から呼ばれたくらいに。

「直哉さん、佑介くんおつかれさま」
「ゆうちゃん、じじ、かっこよかったよ!」
ふたりの手合わせの審判をした真穂が、芙美を連れてふたりのところへやってきた。
「ありがとう、芙美。・・・・でも芙美はどちらの応援をしていたのかな?」
大きな瞳をきらきらさせて佑介と直哉を見上げている芙美を抱き上げ、ほのかに笑みをたたえながら直哉は問うた。
「えーとね、んーとね。・・・・どっちも!」
しばらく考えて答える芙美。
直哉としては、内心佑介の方かなと思ったりもしていたのだが。
「・・・・直哉さん、足大丈夫?」
真穂はついこう聞いてしまう。
応じ技が得意な直哉の剣道スタイルなら、昔痛めた怪我の箇所にそれほど影響はないのであるが、佑介に一本取られた後は今ではほとんど見せることがない上段の構えまでしたので、心配になったのだ。
「大丈夫だよ」
直哉はゆったりと真穂に笑ってみせた。
「・・・・佑介くんはこの1、2ヵ月で、本当に変わったね」
「ふふっ。私と私の後輩たちが密度濃く稽古したんだもの、当然変わってくれなきゃ」
「『鬼姫』どのは厳しいな」
「・・・・や、やだ、直哉さんたら。そんな昔のこと」

(鬼姫?)

確か、真穂の後輩の猛者たちから稽古をつけてもらっていた時に誰かが佑介にむかって、「鬼姫の愛弟子」などと言っていた。
その時はなんのことかよくわからなかったが・・・・・。
「ばーば、おかおまっかだよ?」
直哉に抱かれている芙美が言う。
「そうかしら?------あ、子供たちを解散させないと」
真穂は赤い顔のまま、逃げるようにそそくさと直哉と佑介の手合わせを見学していた子供たちの方へ行ってしまった。

直哉はそっと芙美をおろした。
「ばーば、どうしたのかな?」
「なんでもないよ」
首をかしげて上目遣いに直哉を見上げている芙美にさらりと答える直哉。二人の横に立つ佑介もどことなくもの問いたげに直哉を見ていた。
そんな佑介を見て直哉は苦笑する。
「・・・・昔のことだよ」
「そうですか」
知りたい気持ちは当然あるが、こう言われてはそれ以上問うことは出来なかった。

真穂は高校卒業後、栞が生まれる前までは警察に勤務していた。
入った当初は所轄署にいたのだが、全日本に出場が決定すると警視庁への移動を命じられた。
真穂は剣道を心から愛し鍛錬していたが、特練ー剣道特別訓練生なんてものにはなりたくなかった。
しかし「業務命令」には逆らえないのが警察という組織だ。
警視庁に移ってからの真穂は、それこそ本当に『鬼姫』だった。
男性相手だろうが、怯むことなく向かいぶつかりあう。力では当然負けてしまうのだが、気迫はすさまじいものがあったのだ。
だが、普段の真穂はさっぱりとした気性の優しい気遣いが出来る女性でそのうえ美しく、マドンナのような存在でもあった。
それゆえに、『鬼姫』と周囲のものは言ったのだった。
・・・・・ひとたび竹刀を握り相手に立ち向かえば、姫のような姿形に鬼神が宿るから。


佑介は直哉との手合わせの後、自身の稽古も終え一度家に戻った。
実は今日、佑介の母小都子と祖母の梅乃は女同士の買い物とやらで出かけており、「真穂さんにお願いしてあるから、あちらで夕食はいただいてきてね」と息子に言い残していた。
真穂は、どうせ一緒に夕食を食べるのだからわざわざ家に戻らず、お風呂を貸すから汗を流せばいいと言った。
だが幼い頃ならいざ知らず、健康な高校生男子としてはあらぬ想像もしてしまいそうだし、ましてや自宅から稽古着で道場まで来ているのだから着替えがない。
「今さら、何を遠慮しているの」と真穂は笑ったが、もう少しこっちの事情も察して欲しいと思う佑介だった。

一時間程で、ふたたび草壁家へやってきた。勝手知ったる家の中だ。
最近こそ母屋の方へ入る機会は減ってはいたが、中学前まではよく出入りしていたものだ。
夕食をとる居間へ佑介は足をむける。
幼馴染の栞の家は、いまどきめづらしい平屋の純日本家屋だ。
引き戸の玄関、三和土、廻り廊下で部屋はみな畳。その他、欄間や雪見窓があり、床の間に書院棚もある。
今ではなかなか見られない風情だ。
そして当然のことながら、剣道の道場があるのだ。

(はじめて来た時はおどろいたよな)

幼い頃のことをふと、思い出す佑介。
剣道を始めたのは、佑介自身が持つ能力ー見えざるものが見え、聞かざるものが聞こえるーに負けないように、こころもからだも強くなれるようにとの母の願いからであった。
今にして思えば、父・祐孝の亡くなり方とも関係していたのかもしれない。
剣道は佑介にあっていた。
稽古がつらい時がなかったわけではないが、そのつらさよりも優る何かがあった。
・・・・今はまだ、その「何か」がはっきりとかたちにはなっていないが、きっと一生をかけて、それを追い求めて行くのだろうと思う。

「あ、栞」
居間の前で部屋から出てきた栞とばったり会った。
「佑くん。・・・・お稽古終ったんだね」
「ああ・・・・」
ふと、ほのかにいつも佑介がつけているライムの香りが栞の鼻腔をくすぐった。
・・・・剣道の稽古のときはコロンなんてつけないのに。
そう思い、目の前の佑介をよく見てみると、髪の毛がしっとりと濡れていた。
「・・・・・汗臭いから、一度家に戻って、シャワー浴びてきたんだよ」
栞の視線に気がついた佑介は少し赤くなりながら答えた。

先週出かけたプラネタリウムで思いがけず、佑介の顔をじっくりと見てしまった。
・・・・・もちろん、心臓が飛び出しそうなほどどきどきしながら。
暗さと心地よいBGMに誘われて、先に眠りに落ちたのは栞の方。
が、ふと目を覚ましてみれば、隣の佑介も眠りの世界に誘われていて。
栞が寝やすいようにと、肩に手を回し、自分の方に引き寄せ肩口にもたれさせてくれていたのだ。
閉じられた切れ長の目、思いのほか長い睫毛。
通った鼻筋、引き締まった口元。
もともと整った顔立ちをしている佑介だが、区民大会までの猛特訓のおかげか、少年を脱皮した青年としての精悍さが増したようだった。

今また、栞の心臓がどきどきとダンスを始めている。

友人の筒井衣里那に指摘され、佑介への想いを自覚した栞。
プラネタリウムで寝顔に告げた『大好き』と言う言葉。
今も目の前に立つ佑介に言ってしまいそうになる自分がいた。

「・・・・栞?もしかして、まだ俺汗臭いか」
栞が黙ってしまったので、佑介は自身の腕を鼻に近づけ、慌てて言う。
「え?・・・・ううん、そんなことないよ」
はじかれたように、佑介を見上げる栞。
「そうか。なら、よかった。・・・・真穂先生からはこっちでお風呂に入っていきなさいって言われて、焦ったよ」
「だったら、入れば良かったのに。今さら遠慮なんてしないで」
にこっと栞は笑う。自身の気持ちを押し隠しながら。
「・・・・そういうわけには、いかないさ」
佑介はぽそりとつぶやく。
「?」
「いや、なんでもない。・・・・そういや今日栞はお茶の稽古だったんだよな」
「うん。久しぶりだったから、咲ちゃんにたくさん叱られちゃった」
「咲子さん、厳しいな」
「お茶に関してはね」
栞は姉の咲子から茶道を習っていた。咲子は表千家の地方講師の資格を持っている。
普段は10歳離れた妹の栞に甘い咲子だが、茶道に関してはなかなか厳しかったのだ。
「そうそう。今日は絋次お義兄さんもこっちへ来てるの」
「へえ、星野さんも」
「区民大会の時、おおじいちゃまの体調が悪いからって先に帰っちゃったでしょ?お父さん、結構がっかりしてたのよね。だから今日はお義兄さんとこころゆくまで飲むんだって」
おおじいちゃまとは絋次の祖父の史隆のことだ。
「ということは、今日は泊まり?」
「うん。ふーちゃん、久しぶりだからすっごく喜んじゃって」
「真穂先生やおじさんも嬉しいんじゃないか」
「・・・・・実は一番嬉しいのはじじさまかも」
「どうして?」
「じじさま、ふーちゃんにメロメロだから。・・・・隠そうとしてるんだけどね」
そしてふたりは笑いあった。
2008.07.24 / Top↑
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